複雑・ファジー小説

Re: 世界樹の焔とアルカナの加護 Ⅱ 〜ジェネシスの再創世〜 ( No.9 )
日時: 2014/04/02 17:07
名前: キコリ ◆yy6Pd8RHXs (ID: gOBbXtG8)

 やがてティアとアルバーンの口論は決着がつかないままに終わった。
 いよいよ苛々してきたらしいシャーロッドが止めに入ったからだ。

 それから一同は夕食も摂り、就寝準備を終えて寝入った。
 はずなのだが、シャーロッドだけ何故か眠れずにいた。

「こっち……こっち、来て……こっち……」

 夕食を摂り終えてからというもの、こっちに来てと囁くだけの少女の声が、今に至るまでずっと聞こえている所為だ。
 その儚い声は今にも消えてしまいそうなほど優しく、本来であれば意識しないと聞こえないほど小さい。
 だが、意識せずともずっと聞こえてくる。そしてこの声は、ティアたちには全く聞こえていないとのこと。

「こっちって……どっちなの? もう……」

 仕方なくシャーロッドは、寝袋から飛び出てテントを出た。
 一応念のためと思い、護身用のマジックグローブと腕輪を嵌める。

 マジックグローブとは、魔法を使う際に威力を増幅させることが出来る手袋の事。
 腕輪は更に、多種多様な魔法を使えるようになる代物となっている。
 これは、シグナとマルタによって作られた。更に二人の血を引くシャーロッドなので、この装備の適正率は非常に高い。
 あっという間に手に馴染んでいった。

 そんな魔法の鬼と化した彼は、火の玉を頭上に作り出し、それを照明として周囲を照らし出した。
 そうして見えたのは草木ばかりで、人影らしきものは無い。生体反応も、遠くに感じる魔獣の気配と普通の虫だけだ。
 だが、少女の声は相変わらず聞こえてくる。

 一体どういうことなのか。
 声がいい加減五月蝿くなってきたのと煩わしいのとで、シャーロッドは頭上の火の玉を爆発させそうになった。
 慌てて魔力を抑える。ここで爆発させては大火事だ。
 水の魔法で消せばいい話だろうが、どっち道生態系が崩れる可能性があるので、それだけは避けたいところだ。

 やがて諦め、彼は火の玉を消した。
 そして声を気にしないように再びテントに入ろうとした矢先、彼は一つの明かりを目の前に見つけた。
 先ほどまで無かったそれは、色の違いから、背後にある生命の大木の光とは別物らしい。
 大木の光は白く淡い光なのに対し、数メートル先に浮かぶその光は赤く強く光っている。

「こっち……」

 シャーロッドにはまるで、その光が声の主だと思えるようになってきた。
 現に、その赤い光はついて来いといわんばかりに段々と遠ざかっている。

 ついていこうと決めた彼は火の玉ではなく、光の魔法『レイ』を使用して周囲を照らした。
 道無き道に踏み入るのでは、草木に火の玉が引火する可能性があって危険だからだ。


  ◇ ◇ ◇


 数分歩いた後、シャーロッドは再び開けた場所に来た。
 だがその場所は、現在の拠点とはまるで景色が異なっていた。

 そこは樹海というよりは洞窟に近く、岩肌が見たことのないヒカリゴケで光っている。
 水溜りがいくつかあり、その深い底では水色に発光する水晶で埋め尽くされている。
 常に水流の音がしており、近くに小規模の川と滝がある。

「あ」

 そこまでその場所を観察して、彼は赤い光が消えていたことに気付いて肩を落とした。
 これでは元の場所に戻れないではないか。さらに言ってしまえば、光がこの場を終点と告げたわけでもない。

 どうしようかと思いつつ、シャーロッドは魔法の光を強くする。
 そして180度その場で回転して道を戻りかけたとき、聞き覚えのある少女のうめき声が聞こえた。
 シャーロッドは一瞬、落とした肩を震わせた。
 その少女の声は、赤い光について行き始めた頃から聞こえなくなったあの声だったのだから。

 声の発生源は一体何処だ。
 シャーロッドが血眼になって探していると、やがて倒れている少女を発見した。
 発見するや否や、彼は少女に駆け寄った。

「っ!!」

 倒れていたその少女は、一糸纏わぬ姿でそこにいた。
 砂糖を連想させる白皙に、小柄ながら艶美な肢体と体つき。一つ一つの部位が整った顔立ち。麗しき水色の長髪。
 可憐で儚い何れの要素にシャーロッドは息を飲んだが、傷は負っていないが衰弱しているらしい少女の生命反応が徐々に弱っていたので、こうしている場合ではないと直ぐに思い直した。

「キュア」

 シャーロッドはすぐさま、状態異常治癒の魔法を使った。
 青い光が少女の身体を包み、暫く留まってからサッと消える。

「うーん……」

 少女の目蓋が震えて開き、蒼の双眼がシャーロッドの金の瞳を見据える。

「大丈夫?」
「あ、貴方は……?」
「僕はシャーロッド。ロッドでいいよ」

 シャーロッドは自分の名前だけ言うと、着ていた長いコートを脱ぎ、少女に着せた。

「寒いでしょ。これ、着てなよ」
「あ、ありがとう……」

 声も、件のそれと同じだ。
 この少女が自分を呼び寄せたのかと考えたシャーロッドだが、ここでは追求しないでおくことにした。

 今対処すべき問題は帰り道。ただそれだけ。
 放っておくわけにはいかないので、とりあえずシャーロッドは少女『アストライア』を連れ回すことにした。
 あとは、来た道を戻るという最高に難しいことを成すだけだ。