複雑・ファジー小説

変革のアコンプリス ( No.10 )
日時: 2014/04/04 17:15
名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
参照: 第1話「不遜な従者と気苦労姫」−②



「うー、机ひっくり返すだけならまだしも殴りかかってくるなんて、ちったぁ加減してくださいよお嬢」
「九割九分お主のせいじゃろうが!それとお嬢言うな!」
「短期は損気ッスよ、婚期逃しても知らねーかんね」
「考えてもおらぬわ!」

 悪びれる様子もなく、怒ることもなく、慣れたように割れたカップの破片の掃除や床拭きをする世話役を椅子の上から睨み付けるお嬢、姫様はぷりぷりと小言を漏らす。

「大体、余の方からアプローチするまでもなく男の方から言い寄るじゃろうて。余の言い表し難き魅力の前には、どのような堅物であろうとイチコロよ」

 無い胸を張るその姿を、ラナは従者としてあるまじき軽蔑と嘲笑の目で見つめる。

「幼児体型に毛が生えた程度の身体で何言ってんスか。そいつら全員ロリコンですね」
「お主のように無駄に肥え太った身体よりはマシじゃ!身軽な方がいいに決まっとる!」
「私のは発育が良いって言うんでっせー。そうだ、オッパイ飲む?出ないけど」
「いらぬわ!駄肉を見せつけるでない!」

 腕を組み、持ち上げられ強調されたそれの圧倒的存在感と質量に姫様は顔を背けながらも、視線だけはガッチリとそれを捉えていた。
 肩が凝りそう、足元が見えないのでは、やはりでかい方が良いのか、ちょっと触ってーーーなどということを思案し、即座にそれを振り払うように首を振る。

「じゃ、紅茶入れ直して来ますねー。あ、それともミルクティーにします?……大丈夫ですって、そういう意味じゃないから凄まないでくださいよう」


ーーーーーーーーーー


「む?カップの種類が別々ではないか」
「同じ形の奴はさっき割れたのだけなんですよねー。後はバラバラの種類しか残ってないです」
「そうか……済まないことをしたな」
「いいんスよー、私もちっとばかしからかい過ぎたかなー?って。まあ、この一杯で仲直りと言うことで」
「ちょっとどころではないと思うのだが」
「へへ、とにかく、四度目のティータイムです。女子会再開!」

 互いに形も大きさも違うティーカップを軽く打ち鳴らし、一口ずつ紅茶を飲む。二人同時にほう、と息を吐いたところでラナがそうだ、と話し始める。

「本気なんスか、お嬢?これ」

 せめてお嬢様と呼べ、と言う姫様の言葉を耳に入れず、先程姫様が机をひっくり返した時、一緒に散乱した本と紙を手に取る。

「て言うか、なんスかこの図は」
「女子会で話す内容ではないと思うのだが……まあいい。城の見取り図の一部じゃ。最後に潜入したのは半年前か……うろ覚えじゃが、概ねその通りじゃろう」
「こっちの本は……役に立ちました?てか、濡れてるし」
「全く。歴史だのどうのだのが分かったところで計画には役に立たんわ。ツアーガイドなら出来るかも知れんがな」

 姫様はふるふると首を振る。
 おそらく大抵の本は計画を遂行する為としては不合格なのだろう、とラナは本ではなく紙、姫様お手製の見取り図を複数枚手に取った。
 現場で殴り書かれた物や、様々な見出し線が引かれて緻密に書かれた物。誤って書かれたのか同じ場所の見取り図から紅茶で濡れてしまっている物まである。
 ラナは思わず感心したようにうへえ、と漏らす。

「……本気ッスねえ」
「本気でなければここまでやらぬわ」

 姫様はふん、と鼻を鳴らし尊大な態度を取る。どこか威厳を感じないのはやはり、ごく一部の肉が足りないせいなのか、若さ故なのか。

「別に…こんなことしなくてもいいと思うんスけどねえ。縛られずに、自由に生きていいんですよ?」
「馬鹿者。今のこの世界の何処に自由がある?何処を見ても人間、人間と人間が跋扈する時代じゃ。それが悪いとは言わぬ。が、魔族はどうだ?今や人間にとって魔族は畏怖の対象ではないのにも関わらず、命を奪われておるではないか!余やお主だってそうだ、命を脅かされることこそ今までなかったにせよ、生活拠点を転々としていて、同じカップも使えないで、何が自由じゃ!」

 机を感情に任せて叩き、ティーカップがキチ、と鳴る。
 そう、魔族限定の不条理に対して憤りを感じているのだ。今この時代は人間が支配していると言っても過言ではない。
 だが、その支配は余りにも一方的だった。人間と言う存在が優位なのは当然として、他の人種は下位に追いやられている。
 獣人はまだいい方だ。彼らは大戦以前から人間、魔族共に友好的、悪く言えばどっちつかずだった為かそこまで割りを食うことはなかった。
 一方で魔族の扱いは最悪だ。同じ世界で生きる一員としてすら扱ってもらえないのだから。
 力説する姫様とは対象的に、ラナは冷めている、と言うかそこまででもないと言った感じで、いたずらに紅茶をスプーンでかき混ぜている。

「でも、それが今の時代の流れなんスよねー。生きていればいつかは日の目見れますって」
「それでは遅い!そう安穏としている間にも多くの命が失われて行く!じゃから、二年もの間余が涙を飲んで綿密に練り上げたこの計画は成し遂げなければならん。それが余に課せられた使命なのだからな」
「いや、まだまだアバウトでしょ。あの見取り図は凄いけど、肝心の実行部分がまだ曖昧じゃないですか」
「そ、それはその、アドリブで」

 想定していないことを突かれたのか、オロオロとし始める。
 計画を立て努力をしたことは認めるけれど、まだまだ青いな、と姫の姿を見て密かに思う。