複雑・ファジー小説

変革のアコンプリス ( No.12 )
日時: 2014/04/04 22:54
名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
参照: 第1話「不遜な従者と気苦労姫」−③



 彼女の境遇を考えると、もう少し卑屈か、利己的になってもおかしくはない。だが彼女は境遇を盾に泣き寝入りすることも、自暴自棄になることもなく生き、育ち、そして今は真なる自由の為に立ち上がろうと奮起している。
 だからこそ、世話役としてだけではなく、託された者として、ラナは他の道も示さなければならない。まだ彼女には他の未来や可能性があるのだからーーーそう思い少し身を引き締め、声色を鋭くさせる。

「……これから話すのは世話役としてじゃなくて、アンタをこれまで最も近くで見てきたラナ・カプリースとしての言葉と思って聴いて。いい?」
「ん?うむ、心得た」
「よし。アンタのやろうとしていることの先にあるのは、あのオッさん、アンタの父親が目指していたのと同じだと思うのよ。だからこそさ、私にはアンタは父親の背中を追っている様に見える」
「…………」
「亡き父の成し得なかったことを成し遂げよう、なんて生き方を縛られてる風に感じるんだ。自由を求めてるアンタが一番不自由だなんて滑稽もいいとこだよ……リーゼロッテ」
「ラナ」
「私はアンタに感謝してるよ。まだ赤ん坊同然だったアンタを託されたせいで、必死で、意地でも生き抜かないといけなかった。ま、そうでもなかったらどっか適当なトコで野たれ死んでたろうね。……アンタはパッと見、色白過ぎるだけの人間に見えるから、私を見捨てて、人間に紛れて自由を謳歌することも出来たのにね。全く、とんだ馬鹿姫様だよ」
「馬鹿姫、か」
「だから、さ、何のしがらみもなく自由に生きていいんだよ。アンタの立てた計画は否定しないよ。けど、そう上手く行く保証もないんだ。魔族を見捨てろって言うんじゃない。ただ、今の世界の流れは個人じゃどうにもならない程に定められている。そういった流れに唯一対等に対抗出来るのが時間なんだ。私達は魔族、人間よりも寿命が長いのは知っているだろ?魔族が諸手を振って大通りを歩けるようになるまで待っーーー」

 姫様こと、リーゼロッテの見事な手刀がラナの額に振り降ろされた!

「ーーーてえ!?何すんだ馬鹿お嬢!!人がせっかく真面目に話してたのにさ!!」
「怒るところはそこか……いや、馬鹿者はお主じゃ。余を誰だと思うておる?」
「馬鹿」

 余りにも無防備に手刀を受けたラナは額を抑え、涙目で即答する。
 が、リーゼロッテは馬鹿の一言に異を唱えることはなかった。寧ろそれどころか胸を張る。

「そう、余は馬鹿じゃ。人間共の常識を知らぬ、世界の流れなど微塵も分からぬ。そして、上手く行く算段もない計画を立てた上に実行しようと宣う大馬鹿者じゃ」
「……いいんスか、馬鹿を認めて」
「多少は他の意を汲み取らぬか!……まあいい、ラナ、先ほどお主は余が父上の遺志に囚われておるのではないのかと申したな?お主には言い訳にしか聴こえぬだろうが、そんなことはないよ。余は余の意思で父上の遺志を追っておる。これは決して余が娘であるからと言う訳ではない。昔、お主から聴いた父上の成し遂げようとしていた事に余は感銘を受けた。そして昨年、世界がこうなってしまった今こそそれを成し遂げるべきだ、とな」

 ニッと微笑み、そのままティーカップを手に取る。

「ラナよ、余もお主に感謝しておるよ。物心ついた時に余の側におったのはお主だけじゃ。余は母上の顔も、父上の声も知らぬ。故に想像の中ですら語り合う事も出来ぬ」
「お嬢……」
「だから、まあ、家族と呼べるのはお主だけだな。家族を見捨てるなど出来るはずがないであろう、馬鹿者」
「カップに指突っ込んでますよ」
「うぁっっっつぅっっっ!!!」

 リーゼロッテが反射的に手を振り上げた瞬間にまた一つ、還らぬティーカップが生まれた。

「さっき普通に飲んでたじゃないスか、何で今更」
「さ、さっ、一口くらいなら、ちょびっとだけなら飲めるわ!!」
「うわーお、何気に初めて知った。お嬢猫舌なんだ」
「そんなことよりはよう!冷たい物!」
「お嬢、氷の魔法使えるでしょ」
「……あー、あー」
「馬鹿だなあ、ウチの箱入り娘は……そだ、布巾取ってくるか」

 だけど、本当に世界を変えるとまではいかなくとも、きっかけを作り出すのは彼女の様な者なのかもしれない。
 その彼女は本気だ。本気で今の世界を変えようと考えている。
 その時が来たら、私は精一杯手を貸そう。必要ないと言われても無理矢理手伝うし、介入してやる。たった一人の家族だから。
 そう密かに決意し、箱入り娘に見えない様に目を拭ってから部屋を出る。