複雑・ファジー小説

変革のアコンプリス ( No.14 )
日時: 2014/04/05 15:52
名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
参照: 第2話「王子は憂う」−①



 イデアール王国。軍事技術や戦闘技能など、戦いに関する技術だけだあれば他の大国に引けは取らないが、他の面では見劣り、領土も信用もそこそこの国である。
 しかし、それは二十年前までの話。イデアール出身の勇者が魔王を討伐した年から、イデアールは急速に成長した。

 「我が国の勇者が魔王を討伐した」と言う他の国にはない唯一のアイデンティティを武器、もしくは宣伝材料とし、他国や資産を多く保有する貴族らに出資を募ったり、多くの武器や戦闘技術の指南などを売りに出した。
 大戦が終結した直後だ、世界各国が武力を放棄して、人間らが一丸となってより良い世界を作り上げようと動き始めてもおかしくはなかったのだが、イデアールがそうなる前に動き出した。
 世界中から武力を放棄されれば、それしか取り柄のないイデアールは世界から取り残されるし、商売相手もいなくなる。「魔王を討伐した勇者を出した国」という唯一のアイデンティティも宝の持ち腐れとなる。
 そうならないために、「もし魔族が再興して復讐してきたら」「もし獣人までもが人間に歯向かってきたら」「もし何かがあった時、自分の身くらいは自分で守れるように」などといった、「もし」の思想を世界中に植え付けた。勇者特権があったからなのか、多くの国々や貴族らはそれを難なく受け入れ、イデアールから武器を、技術を買った。

 そうして得た資金を元に農業のような第一次産業から大衆娯楽といった第三次産業まで、他国の水準に達していなかった産業を育てあげた結果、領土はかつての数倍となり、過去に類を見ないほどの大国へと変貌を遂げた。
 その驚きの成長振りを成り上がりだ、血と鉄で育った国だ、と揶揄する者も国内外問わずいるが、それを受けて怒り出す者はいない。命を脅かされることのない生活、平和で美味しいものが食べられる日々の前には何を批判されようと霞むからだ。

 その成り上がりの象徴とも言えるのが、国名を冠するイデアール宮殿だ。国土の一割はこの宮殿の敷地だなどと噂される程の規模である。当然、事実ではない。
 その宮殿内部にある広大な庭、の一角にて人知れず剣戟を交わす二人の男がいた。
 一人は黒髪の短髪で、顎髭を多少生やした、歴戦の戦士と思わせる風体をしている。切り結びながらも余裕のある表情がよりそう思わせる。
 対峙するワインレッドの髪をはためかす青年には、余裕が入り込む余地は無さそうだ。そしてまた、重い一撃を剣で受け止め、苦い顔を見せる。

「防戦一方ですね、このまま押し切ってやりましょうか」

 グイ、と男が剣にかける力を強め、それを止める青年は更に押される。

「こ、の…っ!」

 だが、青年も受けるばかりではなかった。手首を捻り、剣を男の剣の樋にぶつけ、かかる力の向きをズラさせる。
 青年の剣というストッパーを無くした男の剣は、勢い余りそのまま青年の左側へと振り降ろされ、無防備を晒す。

「おお?」
「うおおおおおっ!!」

 思わず感心する男に、青年は正面から右脚で蹴りを繰り出す。男はそれを左腕で受け止め、よろけながら数歩後ずさりする。

「っとと、やるじゃねえ、です、か!」

 男が猶予など与えないとばかりに、即座に剣を構えては地を蹴って突進、勢いをつけて横薙ぎに斬りかかる。
 その一撃を剣で半孤描くようにして上方へといなし、それによって開いた男の脇に刃をビタリと突き立てる。

「…………」
「…………」

 互いに押し黙る。静寂を打ち破ったのは青年のすぅ、と息を吸う音だった。

「こ、殺す気かお前はー!!」
「ハハハ、十年間剣術を習ってきてようやく初勝利ですね、王子」
「笑って誤魔化してんじゃねえぞ!!」
「やー、昔はがむしゃらに剣を振るうだけだったことを考えたら、つい、ね」
「そのつい、のせいで死ぬかと思ったわ!!」

 剣を放り投げ、息を切らしながら男に詰め寄る青年。男はと言うと、豪快に笑い飛ばしていて反省の色を見せるそぶりもない。
 危うく死にかけた青年、王子の名はテオドール・ロト・ヴィレ・イデアール。この国の第三王子である。

変革のアコンプリス ( No.15 )
日時: 2014/04/06 02:05
名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
参照: 第2話「王子は憂う」−②



「いやあ、それにしても腕を上げましたね王子。一つ前はともかく、最後の一撃すら難なくいなされるとはね」

 芝の上にどっかりと胡座をかき、つい先程の攻防をしみじみと振り返るように頷く。王子・テオドールはそれを受けてしたり顔でふんぞり返るーーーことはせず、寧ろ不服そうに口をへの字に曲げている。

「馬鹿言え、本気じゃなかったくせによ」
「本気でしたけどね」
「最後の一撃の力だけはそうだろうけどな。お前が本気になってたら、俺が敵うわけないだろ」

 テオドールも同じように、男の正面に胡座をかいて座り、話を続ける。

「アクスト・ライザー。世間知らずの俺でも知ってるぜ、ウチの国から出た『最後の勇者』や他のお供と一緒に魔王退治に行った、一行の一人。それがアンタだ」
「そんな昔の話を持ち出されても……というか、その話したことないですよね、俺」
「つい先月自分で調べたんだよ。いつも弄ばれてるようで追い付けない、段違いの強さに腹が立ってな」

 アクストは弄んでるつもりなんてないんですがね、と困ったように笑う。

「そりゃ、強えわけだよ。当時の大戦の最前線で剣を……アンタの体格的には斧か?まあいいや、腕を奮っていたんだもんな。そんな歴戦の戦士に俺が敵うわけねえって」
「でも今勝ったじゃあないですか」
「手、抜いたろ」
「捻くれてるなあ」
「アンタの本気は知らねえけど、本気じゃないと分かってて勝っても、釈然としねえ。納得もいかねえよ」
「王子の捻くれっぷりは筋金入りですね」
「ほっとけ」

 プイ、とテオドールはそっぽを向く。手を抜かれて勝っても嬉しくないという、男としての本能か、プライドがそうさせるのだろう。
 十年以上の付き合いのアクストはその子供染みたとも言える態度には慣れているのだろう、特に神経を逆撫でするような小言を言うでもなく、笑って見留めている。その態度を崩すことなく、けどね王子、と切り出す。

「戦場じゃあ勝った者勝ちなんですよ。相手の身分も、境遇も、体調も、負傷もお構い無しにね。俺が相手をしてきたのは魔族だけですが、この魔族には妻子がいるから倒すのは止めよう、なんて思ってる間に殺されるでしょうね」
「明るい顔してブラックな話をするなよ……そのくせ、アンタが言うと妙に説得力があるし」
「ハッハッハ、覚える必要のない現実ですよ。ま、何が言いたいかと言うと、勝ちは勝ちです。例え俺が本気じゃなかったとしても、それは勝ちですよ。貴方は強くなってます、胸を張ってください、テオドラ王子」

 ポンと肩を叩き、お世辞でもなく権力者に取り入ろうとする卑しさもない、賛辞の言葉を贈る。
 些細なことは気にせず、素直にその言葉を受け止めれば良いのだが、王子はグリンと首を回し至極下らない怒りを歴戦の戦士に向ける。

「テオドラって呼ぶの止めろってんだろ!」
「あ」
「あ、ってなあ!」

 普段からそう呼ばぬよう気を付けていた筈のストッパーが外れてしまったのだろうか。まあまあ、とテオドールを宥めるが、あまり反省はしていなさそうだ。

「いいじゃないですか別に。テオドールって名前はともかく、フルネームまで含めるとなんか長くなるから気に食わない、って王子、時々愚痴ってるじゃないですか」
「そうだけどな!なんかな!テオドラってのは俺の中では、なんかこう違うんだよ……それにそう呼ばれてたら本名がテオドラって間違えられそうだし、下手したらテオドーラって間違えられそうだし?」
「それは無いと思いますがね」

 怒ったり、しぼんだり、悩んだりコロコロと感情を変えるテオドールを面倒そうにするのを堪えながら眺めるアクストは心得ていた。こうなったら勝手に収まるのを待つのがベストだと。
 そして意外にも、その時が来るのは早かった。テオドールは不意に動きを止め、何かを見つめだした。アクストもそれに気付き、視線を追ってみると、自身の側に置いてある剣に辿り着いた。

 そして王子は憂う。己の無知を。変わって行きながらも変わらぬ世界を。

変革のアコンプリス ( No.16 )
日時: 2014/04/06 20:34
名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
参照: 第2話「王子は憂う」−③



「……少し唐突だけどよ、なんで剣は、剣術ってのはまだこの世に残ってんだ?」

 不遜な態度を取っている時点で今更だが、何を言っているんだといった言葉をアクストは喉の奥に押し殺した。当然、これも十年で培った経験則によるものだ。

「魔王は倒された。魔王が束ねていた魔族だって、大戦以前程の勢力は存在しないと聞いた。となると、もうこの世には剣術なんて……武力なんて必要ない筈じゃないのか?剣を向ける相手なんて、もういないじゃねえか。貴族の嗜みだとでも言うのか?」

 テオドールは視線の先に置いていた剣を拾い、訝しげにそれを見回す。
 イデアールは武力によって成り上がった国だ。だが、その国の王子である彼がそれを知らず、武力など必要ないとまで言う。その理由はーーー

「王子がそう言えるのは、王子が何も知らないからですよ」

 一見、侮辱とも取れる言葉をアクストはさらりと言い放つ。だが、彼にはテオドールへの悪意も、咎める気持ちもない。それに、これは事実なのだ。

「……無知は自覚しているが、他人に言われると腹が立つな」
「いや、悪いことばかりじゃないですよ。無知が故に、物事に対して余計な先入観や、偏見と言う眼鏡を持たずに真っ直ぐ向き合える。いいことじゃないですか」
「無知が過ぎると思うんだがな。外交だとか、他所の国への謁見だとかの王子っぽい仕事は全部、親父や兄貴達任せだ。俺はこの国から出たことがないし、この国自体のこともよく知らない。世界の情勢も、平和なくせに武力が残る世界の成り立ちなんて知る由もねえ」
「ホント捻くれてますね。ここまで来ると、ただの怠慢が原因にも思えてきましたが」
「やかましい」

 再度、捻くれ者の称号を与えられ、苦虫を噛み潰した顔になる。

 手を差し出され、剣を彼に受け渡す。それと同時にアクストは立ち上がり、先程テオドールが放り投げた剣の元へと向かいだす。
 ただ座って待つのもなんだったのか遅れて立ち上がり、テオドールもアクストに続く。

「武力が何故残っているのか。それは俺にも分かりませんし、分かっていても教えられません。せっかく王子は何も知らないんだ、自分の目と耳と、脚でその答えを見つけた方がいいんじゃないですかね」
「俺、そんな簡単に動ける身分じゃねえし、動ける権限もねえんだけど」

 屈んで剣を拾い、片手で二本の剣を担ぎ振り返る。

「いずれ時が来ますよ。俺がアイツ……勇者のパーティに選ばれた時のように。どうせなら武力云々なんかじゃなくて、今のこの世界を見て回りましょうや。曇りのないその目でね」
「世間知らずのやることにしてはスケールでか過ぎないか?見て回った上で、何かしろってんだろ」
「いいじゃないですか、ビッグで。何かするつもりなら言ってください。俺は腕っぷししか取り柄がないけれど、力になりますよ」

 空いた手で自身の胸板を叩く姿と、自分の元からの去り際に見つめた後ろ姿に、テオドールはどこか頼もしさを覚えた。
 すっかり紅に染まった空を見上げ、ぽつりと呟く。

「自分の目と脚で、世界を、か」

 この同じ空を見ている筈の国民の生活のことすら知らない見識の狭さはどうにか打破したい。が、今は叶わない話だ、と見上げるのを止め、彼も庭を後にする。
 今夜の晩飯はなんだろうな、と自由だが自由の無い身と己の無知から目を逸らしながら。


 だが、意外にもアクストの言った"その時"は迫っていた。
 "その時"をもたらす黒い影が彼に迫るのは、この日の夜のこと。