複雑・ファジー小説
- 変革のアコンプリス ( No.18 )
- 日時: 2014/04/08 00:34
- 名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
- 参照: 第3話「Raid of Black rose」−①
「毎度の事じゃが、帰りは楽じゃと言うのに行きは骨が折れるのう……」
「黙ってくださいよお嬢、人目のつかない場所を選んでると言っても、ミアリーとメアリーに見つかるかも知れないんですから」
「何者じゃ、名のあるガードマンコンビか?」
「壁にミアリー引き戸にメアリーって言うでしょ」
「……壁に耳あり引き戸に目ありじゃろ」
そうとも言います、黒いフード付きのマントで身を覆っている女は小声で言い切る。彼女は土の上に二、三人が乗れるくらいの奇妙な紋様付きの円を筆で描いていた。
広大な敷地を持つイデアール宮殿のとある一角、武器庫の裏に当たるそこに、黒いフードで身を包む二人組を月明かりが照らす。屈んで筆を動かす方をもう一人の小柄な方は、退屈そうにくあ、と欠伸をした。
この国の王やその親族、もしくはそれに近しい者達が住まう宮廷、宮殿内に内設された国営の国軍兵士が衣食住を過ごす国軍寮、来客が泊まる為の館や、国民にも解放されている図書館、それらをぐるりと覆う防壁。
他にも様々な建築物が建つ中で、武器庫の裏は夜勤の巡回兵からも完全な死角となっている。
死角のある巡視など…と思われるが、九メートル、また十メートルはあろうかという防壁への信頼が確固たるものなのか、今こうして侵入を許しているにも拘らず外部からの侵入への警戒が甘いのだ。
「へっへっへ、まさかやっこさんらも壁をよじ登って侵入してるとは思いませんて」
「それが一番疲れるんじゃがな……と言うか、静かにしろと言うたのはお主じゃろ、黙って仕事せんか」
おそらくはイタズラを企てた子供のような無邪気に邪悪な笑みを浮かべたであろう女を、もう一人がピシャリと制する。へーい、と気の抜けた返事を返すと再び作業を開始する。
その様子をしばらく見ていた小柄な方は、描き上げられつつある奇妙な円を見てふむ、と呟き、小声で語りかける。
「お主、よくもこのような複雑怪奇なものが描けるな」
「魔術教本見ながらッスけどね。私がもう少し魔法に精通してりゃあもう少し簡単になるんですけど」
「余はそんな物読んでもちんぷんかんぷんよ。理論じゃとか魔力の運用効率じゃとか言われてもさっぱりじゃ」
「私もッス。応用は出来ないけど、こうすりゃこうなるってんだから、これとこれ足せば行けんだろって感じと後、気合で」
「毎度毎度、よくそれで上手く行ったものじゃのう……急に不安になってきたわ」
「だいじょぶッス、私職人なんで。自称」
彼女の描いているものは魔法陣だ。様々な命令を模様として円に描く、魔法補助の技術の内の一つである。
彼女はそんな魔法陣を、宮殿に侵入してからこれまでの時間を全てそれを描く事に割いている。上がり切っていなかった月は既に頂点を過ぎていた。
「……毎度の事じゃったから言わなかったが、あらかじめ大きな紙に描いたりして、それを持ち込めば良いのではないか?楽じゃろ、その方が」
小柄な方がふと思った疑問を口に出す。確かに、あらかじめ用意が出来るのであれば一々魔法陣を描く必要はなくなる。
が、魔法陣職人(自称)は振り返らず手も止めず、それがねー、と良い答えが期待出来そうにない言葉で切り出した。
「それくらい私も試しましたよ、めんどっちいもん。確かに一回、二回くらい畳んだ紙程度なら問題なく機能しましたよ」
「あー……もうよい、予想はついたから作業に集中せい」
後が分かる話は続けるだけ不毛である。だが、話す側からすれば一度蓋を開けた以上、垂れ流さなければ気が済まないのだ。
「勝手に続けてやる、今描いてるこのサイズの魔法陣を紙に描くならそれなりの大きさの紙が必要だし、持ち運ぶなら何度も折り畳まないと目立つし、紙に魔法陣描いてたくさん折り目つけてみたら機能しなかったしで!っざっけんじゃねーぞチクショー!」
垂れ流され始めた愚痴と憤りを、職人(自称)は天に向かって吠える。
この時、武器庫の前を巡回していた兵がいたのだが、幸いにも彼は意中の女性にどうアタックしたものかと悩みながら見回っていたので、武器庫裏からの咆哮は聞こえなかったようだ。
ある意味職務怠慢である。
「静かにせんか馬鹿者!」
「あ、つーわけで出来ましたよ姫様」
「出来たんかい!」
出来る限りの小声で叫び咎めるも、つい今までの怒りっぷりは何処へやら、職人(自称)は振り返るとけろりとした顔で作業完了の旨を伝える。
地面に描かれた魔法陣は、妙な感性を持った人であればアートとも受け取れるようだ。雑多に描かれているように見えて、落書きと評するには余りにも緻密。描かれている線の一つ一つに意味があるように感じられる。
「……何か釈然とせんが、働きぶりに免じて黙っておいてやろう」
「ははー、ありがたきしあわせー」
此奴には振り回されてばかりじゃ、とカクンと首をうなだれる。小言免除となった職人(自称)は取ってつけた台詞を言い、フードの下で笑って見せる。
「それじゃ、ぼちぼちやらかしましょうか」
「そうじゃな。では、手筈通りに頼むぞ」
「姫様こそ、迷子にならないでくださいよ」
「その言葉、そっくり返そう」
うなだれていた顔を上げ、互いに拳を合わせる。そして身を翻し、たたた、と軽快に走って行く背中を職人(自称)は見送ると、ん、と身体を伸ばす。長い間しゃがみっぱなしだったからか、パキパキと音が鳴る。
「さあて、一丁暴れますかね」
誰に宛てるわけでもなくそう言うと、魔術教本を肩掛けカバンにしまい、眼鏡とフライパンを取り出す。
小柄な方はお腹を空かせる為のジョギングに、そして自分は描いた魔法陣を使ってレッツクッキング!眼鏡は跳ねる油から目を守るためなのだ!ーーーということはない。
だが、そういうふざけたことを考えていそうな、瞳の奥に無邪気を潜めた悪意ある笑みで言い放ったのだ。そして、ゆったりとした歩みで明かりのある方へと向かいだす。