複雑・ファジー小説
- 変革のアコンプリス ( No.19 )
- 日時: 2014/04/10 23:37
- 名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
- 参照: 第3話「Raid of Black rose」−②
"イデアール創立伝"、"「最後の勇者」の轍"、"マル秘!旅行ガイドブック イデアール編"などといった本を雑多に並べ、テオドールは本を読み耽っていた。
アクストの言った、いずれ時が来るという言葉が耳から離れなかった彼は、傍から見ればうわの空な様子で夕食などの団欒の時を過ごしていた。
だが実際は、ただただ思いを馳せていたのだ。雛鳥が大空を羽ばたくことを夢見るように、自分が国という巣から飛び立ち世界を見て回ることを。尤も、立場上やすやすと国を出奔することも出来ず、ただの妄想でしかないのだが。
そこで彼は、国から自由に出られないのなら、知ればいいじゃないか、と歴史書からガイドブックまで、様々な本を読むことにした。
あらかじめ知ってしまったらアクストの言っていた曇りのない目で見ることは叶わないだろうが、妄想だけでは収まらない好奇心を抑えることは出来なかったようだ。
そして今は、自分の住む国も知らないようでは、と思い、主に自国についての書物を読み漁っている。
紙がめくられ、紙同士が擦れ合う音のみの静寂で満たされた部屋に、扉を軽く叩く音が響き渡る。
その音に反応し、彼はイデアールの観光スポットが書かれたページから、扉へと視線を向ける。
「誰だ?こんな時間に」
ふと思ったままにぼそりと出た言葉だが、そう自分が言ったことに気付き窓の外を見る。本を読み始めた時と比べ、明らかに闇が深くなっているように感じた。 そうか、もうこんな時間か。
そんなことを思う間も無く、自室の扉が開かれる。返事がないのに痺れを切らしたのか、元々返事を待つ気が無かったのか。おそらくは後者だろう。
「あ、起きてる……こんな時間まで何をされているのですか、兄上」
開いた扉の向こうから、金髪にショートボブの青年が顔を覗かせる。端正な顔立ちは中性的で、白く裾の長いワンピースのような寝巻きからしても、初対面であれば男女のどちらなのか判断に迷わされる。
その彼は不思議そうにしているが、それ以上部屋の中に入ろうとはしないようだ。
「何、ってお前こそ何してんだ、こんな時間に起きてる物好きは見回りか今の俺くらいなもんだろうに」
「散歩ですよ。何故か寝付けなくて、気晴らしにでもと」
「はあ……とりあえず中に入れよ、突っ立ってないでよ」
ではお言葉に甘えさせて貰います、と彼は軽く一礼し、部屋に入ってから後ろ手で扉を閉める。
だが、入ってから気付いたのか、部屋の中は本のごった煮になっていた。凄惨な散らかりぶりに目を見開き、うわあ、と驚嘆の言葉を漏らす。
「本当に……何をやってるんですか貴方は。王子たる者として少しはーーー」
「さっきから思っていたが口調が硬いぞ、ルドルフ。普段から言ってるだろうが、堅苦しい場面じゃないなら気ぃ抜けっての」
ルドルフと呼ばれた彼の小言を遮り、テオドールは呆れかえる。昔はもう少し可愛げのある、本当の弟のような奴だったのだが。
それを受けたルドルフは困り顔だ。
「……常日頃から公私共々使い分けるような真似はせず、自分を律しているのです。一日でも早く兄上や、大兄様達に追い付きたいと思っておりますので」
「馬鹿かお前?俺がいつ、そんな堅苦しくなったよ」
「それは、その」
その通りなのだが、面と向かっては言えないのだろう。ルドルフの視線が部屋の中を泳ぎ始める。
泳ぎ着く岸を差し出すように、テオドールは彼に指を指す。
「だったら命令だ、気軽にしろ」
「……何か矛盾していませんか、それ」
「返事は」
「はあ……分かりました、分かったよ、兄さん」
彼の硬い面を削ぎ落とさせたテオドールはそれでいい、とご満悦だ。ルドルフも満更ではないのだろう、眉はハの字だが柔らかい笑みを浮かべている。
誰に対しても態度を変えないのは不遜、不躾だとも取れるけれど、誰とだって平等だと考えているのだろうな。そういうところを見習えるといいのだけど。
憧れを口にすることなく、密かに思うルドルフであった。