複雑・ファジー小説

変革のアコンプリス ( No.22 )
日時: 2014/04/17 01:21
名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
参照: 第3話「Raid of Black rose」−③



 宮殿の敷地内にある、王や親族らが寝食を過ごす宮廷は、言ってしまえば所詮豪華な宿屋でしかないため、宮殿内の他の施設と比べればそこまでの規模ではない。 とは言え、並の一軒家が十数軒建てられる程の規模ではあるのだが。
 豪華な宿屋、もとい宮廷の前にはもはや公園と言っても差し支えない程の広場すら設けられている。 ご丁寧に噴水付きだ。
 その広場にて、多くの兵士が頭を抱えていた。 約束をすっぽかしたことを思い出した、意中の女性をどう口説こうかーーーと言った悩みにではなく、どちらかと言うと痛みに悶絶しているようである。

「どーした? か弱い乙女に数人がかりでこの程度ッスか?」

 呻き声の渦の中、黒い外套に身を包んだ女がフードの下で余裕を持て余したように笑う。 フライパンを肩にかけて。
 彼女は巡回をしていた兵や、見張りの兵の前に突然現れてはただ逃げ回り、ようやく足を止めたかと思えば追いかけて来た兵士達をフライパンで一撃、また一撃と次々に仕留めていった。
 その痛さもさることながら、今更にもなってフライパンで殴られるなんて、と言った切なさのような虚しさのような、虚無感に彼らは心を挫かれた。
 その数は数人どころではないのだが……そして、応援にと遅れて来た兵士達はこの惨状を目の辺りにし、攻めあぐねている。

「か、か弱い乙女がフライパンを振り回すわけ、ないだろ……」
「あ? 文句あんのか」

 足元でうずくまる兵士のつむじを芋虫でもつつくようにフライパンの柄でつつき始める。
 子供染みているが、それにしても彼女の行動は妙だ。
 宮殿に侵入したと言う割には、金品の強奪もしなければ要人の命を狙いに来た様でもなく、ただ暴れているだけ。 それも茶化す様に。

「意図は読めないが、捨て置くわけにもいかないな」
「ん」

 外套の女が足元のつむじから顔を上げると、そこらで地に伏せている若い兵士達とは違い、いかにも老練と言った雰囲気を漂わせる男が足踏みしている兵士達の間から割って出て来ていた。
 寝起きなのか急いでいたのか、それとも何かあるのか、鎧や盾と言った防具を装備しておらず、兵士に支給される普通の両刃の剣のみである。

「ラ、ライザー軍団長……!?」
「ほら、危なくなるぞ。 下がってなお前達」

 攻めあぐねていた兵士達や地に伏せていた兵士達までもがざわめき出し、伏せていた者達は外套の女と軍団長、もといアクスト・ライザーの両名から距離を取り始める。
 彼らの内情に詳しくない外套の女から見ても瞭然であった。 彼の地位、そしてそれに伴うであろう実力は。 夜間の侵入者と言う事態にも取り乱す事なく冷静に見えるのはそれだけの場数を踏んでいるのか、培った経験によるものか。
 フードに隠れていてよくわからないが、緩んでいた表情が少し引き締まったようだ。

「一度で良いから言ってみたいことがあるんだけど、いい?」
「何だ?随分と余裕そうだな」
「アンタ、出来るね」
「フ、そいつは光栄だ」

 数メートルほど、踏み込めばすぐ手が届く距離でアクストは足を止め、片手で剣を構える。 それに応じる様に女もフライパンを構え、腰を低く取る。
 この後、殆ど間を置かずに互いに動き始めるのだが、互いに臨戦態勢に入ったこの刹那の間、ギャラリーと化した兵士達には数秒にも感じたと言う。

「直接相対はしてないが、半年振りか。 今回は大人しくお縄についてもらうぞ、黒鼠!」
「何さその呼び名!カッコ悪いなあ!」