複雑・ファジー小説
- 変革のアコンプリス ( No.23 )
- 日時: 2014/04/20 21:27
- 名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
- 参照: 第3話「Raid of Black rose」−④
「それで、こんな時間に……こんな時間まで何をしているのさ」
気を取り直して何度目かの同じ質問をテオドールに投げかける。
「別にたいした事じゃねえよ。 俺の夢への第一歩、の下準備ってところだな」
「はあ。 夢」
訊いたはいいが、部屋の散らかり様や読んでいたであろう本を見回しても、夢というキーワードとリンクしないのだろう、なんとも言えず腑に落ちない様子だ。
だが、夢への下準備中の彼は言い続ける。
「俺な、前からうっすらと思ってたんだが、この世界、世界中を見て回りたくってな。 今日アクストにもちょっと言われて……一応は明確になったわけだ。 人に言われて明確になる夢なんて、とも思うがな」
一から十まで道標の用意された道を歩きたくない、彼はそんな性分なのだろう。 右も左も分からないのに、手を差し伸べられる事を良しとしない捻くれ者だ。
彼はそんな自分を理解しているし、無論手助けありきで夢のイメージが明確になったことも理解している。 だからなのか、自嘲気味だ。
だが、ルドルフは笑うこともなく貶すこともなくただ頷いている。 その考えは素晴らしい、流石兄上だというわけではなく、単にそれを否定する理由がないだけだろう。
「いいんじゃない? あの最強と謳われた"最後の勇者"だって同行者がいたわけだし、人の助けを借りることは悪ではないよ」
「結果論だろ。 魔王を倒せなかったら他に死んでった勇者と同じ扱いだったろうよ」
「それはそうだけど」
それに関して開こうとする口を紡ぐ。 このまま続けても話は平行線上を走るだけだろう。
やっぱり捻くれてる。 まあ、そんな人だから、危なっかしいから、周りの人はーー少なくとも僕はーー手を差し出したり、気にせずにはいられないのだろう。
"そんな人"は読む気があるのかないのか、気怠そうに分厚い本のページをざあっと流している。 ルドルフも、なんとなしに足元に転がっている本を手に取り、適当にページを開き話を夢の話題へと戻し始める。
「それにしても、世界、か。 僕も興味はあるかな」
「なんなら一緒に世界一周旅行でもするか? っても、そう簡単に娯楽にふけれる身分じゃねえけどな、お互い」
「御宅の王子とその親族は立場もわきまえず呑気に旅行する放蕩王族だーなんて言われそうだよね」
「兄貴達みたく、政略結婚にでもぶん投げられたら外に出る名目だけは立つがな。 絶対に嫌だけどよ」
「兄さんまで行ったら、この国の跡継ぎがいなくなっちゃうよ」
「それもそうだ」
互いに声を抑えて微笑する。 が、ルドルフにはこの一時の談笑の中で気になった事が出来た。
政略結婚。 テオドールの上の兄二人はそれぞれ他国の王女と結婚し、そのままその国に移り住んでいる。
どちらも大国ではないが中堅クラスであり、大国であるイデアールとのパイプを築けることはメリットでしかないと考えられたのか、すんなりと受け入れられた。 下手に出て申し込みに行くのではなく、イデアールの方からの申し出して来たのだ、国としてのプライドが傷付くことがなかったのも成功の要因だろう。
けれども、イデアール側にはメリットが少ない。 皆無とは言わないが、精々それらの国とのパイプが築かれただけだ。
それを大したことではないと言うつもりは無いが、パイプを築き勢力を増やして、国王陛下は一体何をなさるつもりだろうか?
徒らに勢力を拡大したところで傘下にない国々を懸念させるだけ。 そうなっては一触即発の冷戦状態に、それどころか最悪ーーー
「ーーー、返事をしろ」
「うぐっ」
本の背表紙による一撃がルドルフを深い思慮の世界から引き上げる。 眼前で星が舞うような錯覚を覚えるルドルフに対し、テオドールは呆れ顔だ。
「気軽にしろって言ったろうに、何小難しいこと考えてんだ」
「う、ごめんなさい、ふっと頭が回転し始めちゃって」
「ったく……ところで、なんか外が騒がしくねえか?」
「外?」
テオドールがくい、と顎で扉を指し、ルドルフもそれに追随するように顔を向ける。
兵士だろうか、何人かの男性の声が僅かに宮廷内に響いている。
「そう、だね。 なんだろう? ちょっと様子を見てこようかな」
「あ、待てよ、俺も行く」
置いてかれまいとそそくさと立ち上がるが、初めから立ちっぱなしだったルドルフが振り向き、扉のノブに手をかける方が早いのは当然で、そのまま扉は開かれるーーー
「ぬわわっ」
「えーーーうわっ」
ーーーと同時に、外側から同時にドアノブに手をかけていたのだろうか、黒い外套ですっぽり身を包んだ何者かが力の拠り所を無くしたように二、三度片足で跳ねた後、雑多に散らばる本の上に倒れこむ。 ルドルフも、避けたはまではいいがバランスを崩し尻餅をついている。 テオドールは立ったままの棒立ちだ。
だが、この登場の仕方は二人の思考を停止させるには十分だった。 その異様な情けなさは二人の視線を釘付けにして離さない。
それはその何者かがフードの下の顔を押さえながら起き上がるまで継続された。
「いたた、なんとタイミングの悪い……誰じゃ! 今ドアを開けようとした者は!」
「えっ、僕、です」
ピシャリとした言葉を受け、ルドルフは尻餅をついたまま背筋を伸ばし言われるがままに返事を返す。
「お主か! 扉を開ける時にはノックくらいせんか! それでも王族の端くれか!」
「え、ええ?」
珍妙な黒い不審者の説教にルドルフはただ困惑している。 無理もない、理論が無茶苦茶だ。
が、何かに気が付いた様に困惑から覚めキッと睨み返す。
「貴様、貴様は黒鼠!」
「む?」
黒鼠と呼ばれた黒い不審者も、流石に態度の変化に気付いたのか、フードの下の表情から緩みが抜けて少しばかりの緊張が表れる。
一方、テオドールには遅い眠気が訪れていた。