複雑・ファジー小説

変革のアコンプリス ( No.26 )
日時: 2014/04/22 00:41
名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
参照: 第3話「Raid of Black rose」−⑤


「ぁっ……はあ、黒鼠? なんだそれ」

 口元を手で隠し呑気に大きな欠伸をし、尻餅をついたままのルドルフに問いかける。
 流石にその姿勢のままでいることはせず、寝間着の裾を手で払いながら素早く立ち上がる。 件の黒鼠も足の踏み場を探すようにしてゆっくりと立ち上がる。

「黒鼠と言うのは、およそ二年程前から偶にこのイデアール宮殿に出没するようになった二組の不審者です。 金品や貴重品、武器といった盗むに値する物には目もくれず、一心不乱にただ宮殿内を駆け回るだけの奇妙な連中。 特に実害は無いのですが、強固な防壁や警備を掻い潜って侵入されている以上野放しには出来ずで……」

 テオドールに背を向けたままの解説の途中、何かを探すように首だけを軽く動かし始める。
 そして目的の物を見つけたのか、お借りします兄上とだけ言い、返事も聞かずに本棚の脇に立てかけてあった剣を鞘から抜き、黒鼠に対し構えを取る。

「目的も不明、考えていることも分からない。 けれどもこうして貴様の方から出向いて来るのであれば、逃がしはしない!」

 構える剣の様に鋭く言い切る。 が、勢いに任せて斬りかかることはしない。 不審者と言えども、武器も持たない無防備な相手を斬り伏せる非道な行いを、彼なりの剣を持つ者としての矜恃が許さないのだろう。
 そんな矜恃を感じ取ったのかどうなのか、黒鼠のフードの下では眉も動かず恐怖の色も見えない。 寧ろ、余裕が見え隠れしていなくもない。

「黒鼠などと呼ばれていたとはのう。 余は薔薇の方が好みじゃから、どうせなら黒薔薇にしてくれんか? そっちの方が気品があってよかろう」
「何が気品か、呑気なことを!」
「お前さ、また口調硬くなってるぞ」
「今はそんな場合ではないじゃないですか! 兄上まで何を呑気な!」
「そうじゃぞ、気を張っても仕方あるまい? ほれ、肩の力を抜かんか」
「貴様に言われる筋合いは無い!!」

 矜恃は何処へやら。 空気の違う二人の板挟みにされ、刹那的な感情に任せて剣で斬り払う。 それを避けれないわけもなく、黒鼠はバックステップを踏み開きっぱなしになっている部屋の出入り口の境に立つ。

「おやおや、ちょいとつついてみただけでこれか。 余裕のない奴じゃの」
「だろ? コイツ真面目なのは良いんだけど、頭硬いんだよな」
「何をあんな奴と意気投合しているのですか!! もう少し緊張感を持ってください!!」
「え、別にアイツ悪い奴じゃなさそうじゃんか」
「ーーーーッ!!」

 ルドルフの言葉が詰まる。 言葉にならない程の憤りを感じているのだろう。 ただ一人真剣味が違うため、空回りしているように見えても致し方ない。

「まあ良い、話を始めてやろうか。 余は目的を果たすべくここへ来たのじゃからな」

 テオドールに掴みかかる勢いで詰め寄っていたルドルフは振り返る。 これまで目的意識を持っていないように見えていた黒鼠が目的があると言うのだから。

「単刀直入に訊く、どちらが王子じゃ」

 宮廷内に満ちる月明かりは部屋の燭台よりも明るく、月光を背にする黒鼠からは、小柄ながらもそれこそ正体不明の威圧感をルドルフに感じさせた。
 そして、今の発言から分かることもある。
 ーーー黒鼠の狙いは兄上だ。 真意こそ分からないが、兄上を狙っているからこそここまで侵入して来ている。 思えば初めから気付くべきだったのだ。
 だが、そうと分かれば答えも簡単だ。 僕が身代わりになる。 兄上が狙われていると分かった以上、此方が兄上様になりますと差し出すわけがない。
 この質問をする限り、黒鼠は"第三王子"の存在は知っていても姿までは知らない様子。 ならば誤魔化せる筈だ。
 問い掛けられてからの寸分の間にルドルフは思考を巡らせ、次に取るべき行動をそう結論づける。 問いに答えようとして、足を一歩踏み出しかけた所で、

「僕がーーー」
「それなら俺だけど」

 全てを台無しにするのが兄上様だった。
 無論、彼に悪気は無く、黒鼠の質問の意図に対しても踏み入って考えることもなく、訊かれたから答えたという反射を行ったに過ぎないのだ。
 互いに思考が読め合う筈がない。 仕方のないこととも言える。
 そして踏み出しかけた足を逆に後ろに向け、振り返ることなく一歩下がる勢いをつけてルドルフが肘鉄をテオドールの腹部に打ち込む。 これもまた仕方のないことである。

「ごっふぅ」
「馬鹿か! 馬鹿なんですか!? 何を馬鹿正直に答えてるんですか貴方は!? 自分が狙われていると分かっていて名乗りを上げる阿呆がどこの世界にいると言うんです!!」

 苦悶の表情で膝を突くテオドールに、これでもかとばかりに馬鹿を叩き込む。 自由過ぎるとも言うか、他者の意図をも読もうとしない無神経さがルドルフの昂りを助長させた。
 目の前におるではないか、という黒鼠の呟きも届かないまでに。

「目の前に……」
「そう言うことじゃない!!」
「う、ちょっと落ち着こうぜ、な?」
「誰のせいだと思っているのですか!! いつもいつも人を振り回してばかりで!!」
「今振り回されてるのは間違いなく俺だよな」
「減らず口を挟まない!!」
「怖えー」
「余はいつ口を挟めば良いのじゃ?」
「そんなのーーーって、こんなことをしている場合じゃなかった」

 皮肉なことに、敵であろう筈の黒鼠の言葉で我に返る。 気を引き締める様に再度剣を構え、黒鼠と対峙する。
 黒鼠もそれに応ずる様に、黒い外套を華奢で色白な腕で払いはためかせ、外套の下の白い衣装が露わになる。
 華やかでも清楚とも言えないが、当人の弁に違わぬ高貴さは感じられる作りには見受けられる。
 フードだけは未だ深く被ったままだが、自信に満ち溢れた顔付きだ。

「荒事は好かぬが、お主が邪魔立てするのであろう? 恨むでないぞ」
「恨みはしない、後悔の念に暮れる余裕だけならくれてやる!」
「ちょっと待てお前ら」

 二人揃って意気込んだところにそれこそ空気を読まずに膝をついたままのテオドールが口を挟む。

「俺の部屋で暴れんな。どうせなら部屋の外でやれ」

 この人と来たら。 この状況で物怖じする態度を一切見せずに自己を通すのはもはや尊敬に値するよ、兄上。