複雑・ファジー小説

変革のアコンプリス ( No.28 )
日時: 2014/04/28 19:50
名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
参照: 第3話「Raid of Black rose」−⑥



 テオドールに促されるがままに廊下へと追い出された二人は、再びその場で対峙する。 テオドールも二人に続くように部屋を出、邪魔にならないようになのかルドルフのやや後ろに立つ。
 テオドールが彼に加勢しないのは、この状況を打破するための思考を張り巡らせる時間稼ぎでもなければ彼に恨みがあり、いっそこの場で命を落としてしまえと言うわけでもなく、ただ単に自身の剣を彼が握ってしまっているため、その彼に任せているだけだ。
 手ぶらなのはルドルフと対峙している黒鼠も同じだ。 前を開いた外套の下を見ても帯剣している様には見えない。
 このことから、剣を持つルドルフが有利であることは明らかだ。 無手の者が剣を有する者に勝てる要素は戦術的に見ても極僅か。
 しかし、その暴力的に圧倒的な優位に胡座をかいて座る真似をルドルフはしなかった。

「貴様、武器は持っていないのか」

 剣を構えたまま鋭く言い放つ。
 例え賊が相手であろうと、過ぎた力で押さえ付けては抑止力ではなく暴力となり、野蛮でしかない。
 相手に自分と同じ土俵で戦わせる。 そういった、ある種の甘さとも取れる信念がルドルフにはあった。
 だが、黒鼠は信念を知っているわけではないが、それに甘えることないかの様に鼻で笑う。

「賊にその様な事を訊くとは随分と余裕じゃの。 生憎じゃが、余は鉄の板を振り回す趣味はない、武器など持ってはおらぬよ」
「……だったら、おとなしく投降ーーー」
「抗う術まで家に忘れてきたとは言っておらん。 余はこれを使わせてもらう」

 鉄の板なんかよりもこれの方が自分には相応しいとばかりに腕を払い、腕の延長線をなぞる様にして華奢な手首から先に白く細長い円錐状の氷の剣が音を立てて形成される。
 それを見るや否や、ルドルフは間髪入れずに数メートルの距離を詰め、上方から剣を振り下ろす。 黒鼠はその剣戟を腕を曲げ、引き気味にして形成したばかりのそれで受け止める。
 円錐状で、表面の大部分が曲面となっているその氷の剣は、剣戟を受け流すのに適しており、いわば剣戟を受け止める為の剣のようだ。 片手用に小型化したランスと言う方が近いだろうか。
 だが、勘違いしてはならないのは黒鼠は魔法を使ったと言うこと。 いくら剣術試合の様相を成していても、剣同士の戦いではないと言うことだ。

 ルドルフの実力は良く知っている。 アイツが剣を初めて握った時から見ていたからな。
 他人と比べて頭抜けている、と言うほどではないが、それでも地道に積み重ねられた確かな実力はある。 今ではウチの国の兵士と並べても遜色はないだろう。

 ーーー黒鼠の鋭い突きがルドルフの右肩上方の空を貫く。
 寸でのところで躱したルドルフは体勢を崩しながらも、黒鼠の接近を嫌い剣で水平に振り払い、今一度距離を取る。

 だが、それは飽くまで剣術においてのみだ。 この世には剣だけでなく、槍や槌、棒術に果てまでは素手による近接格闘の術まであると聞く。
 それ以外にも兵法の様に、戦争の様な命の掛かった戦いなんて経験すらしたことがないはずだ。
 要するにルドルフは、剣同士の試合でしか実力を発揮したことのない、箱入り坊っちゃんだ。

 ーーー瞬きする間も無いほどの隙間もない剣戟の応酬が二人の間で交わされる。
 金属と氷とでぶつかり合っているにも拘らず、黒鼠の氷の剣にはヒビ一つ入っていない。

 そして、黒鼠の使っている獲物はこの世に存在する物体であり且つ物体ではなく、魔力によるもの。 要は魔法だ。
 魔力に氷としての特性を与え、あの形を形成しているんだろう。
 そして、魔力には魔力でしか干渉出来ない。 今の様に氷や岩みたく実体があれば物理的に触れることは可能だが、破壊することは出来ない。 物体であって物体ではないんだ。 いくらその特性を得られても、それには成り切れず似たような何かであり続けるだけだ。

 ーーー互いに踏み込み、同時に放たれた深い一撃を互いの剣で受け止める。
 黒鼠は受けるのではなく長そうとしたはずだが、ルドルフが意図的に黒鼠の剣に対し垂直に当てた為、上手く受け流せなかったのだ。
 そのことに思わず眉をひそめ、小さな舌打ちを零す。

 それにしたって不可解だ。 黒鼠は魔法が使えるのに、何故接近戦を挑む?
 壊されることのない武器を使えると言うメリットは確かにある、しかしメリットはそれしかない。 寧ろ、近接武器のリーチ外から一方的に攻撃が可能と言う多大なアドバンテージを自らかなぐり捨てている。
 近距離で多彩な魔法を繰り出す捻くれ者がいてもおかしくはない。 魔法を使う者達の本領はイメージの強さ、想像力だ。 戦場の最前線で確固たるイメージを以ってして暴れ回れると言うのであれば納得してやる。 かつての戦争ではどちらかというと固定砲台としての役割が主だったらしいが。

 ーーールドルフが連続して繰り出す突きを、氷の剣でどうにか凌ぐ様にして躱す。
 剣を振り回せるとは言え、広くはない廊下を所狭しと駆け回り逃げ側となった黒鼠と、それを追う側になったルドルフ。
 一見して有利な立場のはずだが、繰り出す突きはどこか慎重さを帯びており、顔付きも獲物を追う獅子とは程遠い、警戒心を最大へと高めたウサギの様だ。