複雑・ファジー小説
- 変革のアコンプリス ( No.29 )
- 日時: 2014/04/30 00:26
- 名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
- 参照: 第3話「Raid of Black rose」−⑦
それがどうだ、黒鼠の妙は。
魔法を使ったのは初めの一度だけ、接近戦に持ち込むだけ持ち込んでそれだけだ。 余りにもわざとらしい。
そうだ、見え透いた罠だ。 黒鼠が、ルドルフが剣術試合以外の戦闘様式には疎いことを知るはずもないが、今の氷の剣以外の魔法を使わないのは不自然だ。
が、だからこそ罠として機能しているとも取れる。
黒鼠の意図は読めないが、魔法を使わない不自然さにはルドルフも気付いてはいる様だ。 慎重を重ね過ぎてチャンスでも攻め切れない、そんな事が何度も続いている。
魔法は、発動する瞬間まで何が飛び出すか分からない。 迅速に対処する為にも魔法の存在から意識を逸らす事は出来ないだろう。 と言っても、対処しようがなければそこまでだが。
そのせいで攻め切れずにいる。このままではジリ貧だ。
だが、それは黒鼠も同じだ。 いつまでもここで斬り合っていたらその内誰かが気付くだろう。
コイツの目的は俺らしいが、そうなってはどうすることも出来ないはずだ。
つまり、ルドルフが罠を踏むか、黒鼠が痺れを切らすか、だ。 剣を通して相手の肉や骨ではなく、思考や心の余裕を奪う戦いに成りつつある。
「気を張り過ぎるのも良くはないぞ?」
テオドールが戦いの流れを結論付けるのも束の間、均衡は容易く崩れ始める。
黒鼠が氷の剣を解除、解除したての右手の指が鳴らされると同時に、ルドルフの眼前で小さな爆発が起き、規模相応の音を立てる。
当然、それはルドルフにダメージを与える事はないが、彼の張り詰め過ぎた緊張と警戒、思考を爆発させるのには十分だった。
思考の外からの爆発、そして突然不明瞭になる視界。 心身共に驚愕せざるを得ず、たったこれだけの事で彼の脳は思考することを放棄した。
ふらつく足を立て直そうと踏鞴を踏まされた隙を黒鼠は逃さない。 距離を詰め、左拳を腹部にねじ込む様に叩き込む。
「ぐっ……ぅ……」
「ルドルフッ!!」
終始を見ていたテオドールは血相を変え、崩れ落ちたルドルフの元に駆け寄る。 彼が確認出来たのはルドルフの後ろ姿だったせいか、ナイフか短い刃物で刺されたとでも思ったのだろう。
血が滴っている様子が無いのを確認すると表情に若干の安堵の色が浮かぶ。
「安心せい、鳩尾に一撃入れてやっただけじゃ。 数分もすれば立ち直るじゃろうて」
安堵も束の間、眼前の黒鼠が二人を見下ろしていた。 彼女もまたルドルフを退けたからか、緊張が僅かばかり綻んでいる様でもある。
彼女の言う通り、数分経てばルドルフは立ち上がるだろう。 だが、黒鼠の目的はルドルフではなく、テオドール。 応戦する人間が他にいない以上、自分自身で凌がなければならないことをテオドールは理解する。
ルドルフの手から零れた剣を拾い、黒鼠から数歩分距離を取る。 ルドルフと同じく魔法の使えない自分では、魔法の使える黒鼠に対して圧倒的に不利がつく。 どうしたものかーーー、
「おーじょーうー」
と考え始めようとした矢先に気の抜ける様な声が黒鼠の背後から響く。 それに反応してか、黒鼠が首だけを後ろに向ける。
「……何をしておるのじゃお主は。 兵士達を引きつけて時間を稼いだ後は魔法陣付近にて待機するはずではなかったのか?」
「やー、それが滅法強いおっさんか出て来ましてねー。 時間稼ぎなんかしてたら気取られますってアレ。 あのおっさんやべーよマジで」
黒鼠と同じく、黒い外套に身を包んだ女がパタパタと音を立てて現れる。 黒鼠と違うのは長身であることと、外套の至る所に斬撃を掠めたような切り込みがあること。
「つまりは」
「逃げて来たって事ッスね! だいじょぶ! 明後日の方向に走ってからここに来たから大丈夫なはず! たぶん!」
「あーうん、そんなことじゃろうと思った。 怒る気もないわ」
やって来た女の纏う、つい今まで張り詰めていた空気とは真逆の適当さが感染ったのかはたまた、いつものことだとばかりに投げやりな態度になる黒鼠。
女の方は何故かいい笑顔だ。 反省を知らないのだろうかというくらいに。
「つーかお嬢も仕事終わってないッスね。 どっちが本丸? 赤いの?黄色いの?」
「そっちの赤くてぱっと見冴えなさそうな方じゃ」
「へー、中々いい男じゃん? やっぱ王子ってのはイケメンであっ然るべきッスよねえ」
「やって来るなりお主という奴は、こないだも言ったが色魔かと言うに。 やはりそのでか乳は誘惑する為の物か貴様」
「あー、そーいや私淫魔混じってるかもしんないッスわ」
「こないだと言っている事が違うではないか」
「私人造悪魔なんで」
「なっ」
「あん時は適当に流してましたかんねー。 ってあれ、どしたのお嬢? 鳩が豆鉄砲喰らってもそんな顔しないよ? あーそっか、言ってなかったっけな」
「な、何故そのような重要な事を今、それも物凄く適当に言うのじゃ!? こんな、ええ!?」
「だってどーでもいい事だし?」
「よくなかろうが!!」
「あのー」
「お主は黙っておれ!!」
「いや黙らせちゃダメでしょ」
すっかり完全に蚊帳の外に追い出されたテオドール。 口を挟んではみたが、門前払いを受けてしまった。
……このまま逃げてやろうかな、俺。 でもなあ、狙われる理由が気になるんだよな。
「人造悪魔とかおっぱいでかいとかどうでもいいけどさ、俺を狙ーーー」
「やはり乳か!! 世界を!人種を!優劣をハッキリと穿つのはやはり乳もごもご」
「うるさいちょっと黙れ馬鹿お嬢。 悪いねー、ウチのお嬢まな板だからさー。 ハイどうぞ続けて続けて」
この世の巨乳全てに戦争をけしかける勢いで猛烈に口を開きかけたところを、強引に豊満な肉体に顔を埋められ阻止される。
黒鼠はじたじたと暴れるが、がっちり腕と胸とでホールドされ動けず終い。 ある種反感を買う止め方だが、それでいいのだろうか。
テオドールも呆れて物を言うのを忘れかける。
なんなんだこいつら。
「えっと、俺を狙う理由……ってか目的はなんだ? お前達は何者だ?」
「や、それ言っちゃダメじゃね? 一応正体隠してんだしさ、私ら」
「それもそうか」
知らなくてもいいのだが、気になっていたこと。 自分が狙われる理由を問うが当然の返事を貰い、あっさりと承諾してしまう。
この一帯がどこか投げやりな空気になっているためか、互いに投げやりな返事と返答だ。
が、黒鼠は別だった。 肉から顔を引き剥がし、何やら悪役らしい笑みと笑い声をあげ始めては腕を払い、勢い良く外套をはためかせる。
先程から何度もやっているが、その動きが好きなのだろう。
「何者かと訊かれたら答えてやるのが世の情けというもの! 良いぞ、答えてやろう!」
「おいお嬢」
制止など気にも留めない、完全に自己陶酔の世界に入ってしまっている。
「我が名はリーゼロッテ・エーデル・エアガイツ!! 世界の変革を企てるべく貴様を攫いに来た!!」
一方で女は片手で顔を覆い、深い溜め息をついていた。