複雑・ファジー小説

変革のアコンプリス ( No.30 )
日時: 2014/05/03 23:15
名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
参照: 第3話「Raid of Black rose」−⑧



「何盛大に名乗りをあげてんだ、この馬鹿お嬢」

 黒鼠ことリーゼロッテが高らかに名乗った直後、ぽっかりと空いた間を埋めるように、女に尻を膝で小突かれ、おぅっ、と可愛げのない声を上げぴょこんと飛び跳ねる。
 恨めしそうに顔を向けるが、蹴った女もまた呆れ顔で見つめ返している。

「馬鹿はお主の方であろう、貴族たるもの名を問われて答えぬわけにはいくまい!」
「何から何まで話せってんじゃねえっつうの! ってーかウチらがいつ貴族になったんスか、ましてやお嬢は生まれてこのかたずっと庶民レベルの暮らししかしてねーじゃん! どっちかってと没落貴族の方がお似合いだっつの!」
「おおう…何もそこまで卑下せんでも」

 女の剣幕にリーゼロッテはたじろぐ。 そんな様子をまたもや蚊帳の外に追い出されたテオドールはやるせなさそうに見守っている。 構えていた剣もすっかり降ろしてしまっている。

「ってーかさ? お嬢は計画性ねーよな! 何度も忍び込んで地図作るまではいいけどさ、肝心の実行部分の計画はかなりふわっとしてるし! こっから先の事もかなり打算的だし! おまけに更にその先は何も見えてないし!! 名前までバラすし!! あーもう、感動し損じゃねーかい!! こないだの私の感動を返せー!!」
「お、落ち着け、落ち着くのじゃラナよ」
「ほーらすぐそーやって私の名前までバラすー!! この馬鹿お嬢ー!! 馬鹿に百回掛けて大馬鹿お嬢ー!!」
「おい、騒ぐと見つかるだろ」
「そうじゃぞ、文句は後で聞いてやるから静かにせい」
「アンタはどっちの味方なんだこのクソ王子ー!!」

 蚊帳の中に入ろうとするテオドールを追い出すかの様な勢いである。 ひとしきり言い終え、やや早めに呼吸をして息を整えようとする。

「……それはそれとして、早いとこやること済ませるッスよ。 とっとと拉致ってズラからないと」

 煮え切らない様子だが、込み上がる文句を押し殺し、仕事を済ませようと一歩前に出るが、

「そうは、させ、ない」

 鳩尾に一撃されたダメージがある程度回復したのか、ルドルフがおぼつかない足取りで前に出ようとする女、ラナの前に立ちはだかる。

「貴様らに、魔族なんかに、兄上を攫わせなど、させるものか…!」
「魔族…? ああ、人造悪魔とか言ってたし…魔族なのか、こいつら」

 立ち上がったとは言え、回復し切ってはなく息も荒いルドルフの背中を不安げに見ていたが、続けられた言葉から自身も事実を見つけ、魔族と一括りにされた両名にどこか物珍しそうな視線を飛ばす。
 そして魔族呼ばわりされた両名は一瞬固まった後に、責任を押し付ける様に互いに横目で睨み合う。

「お主が適当に余計な事を言うからじゃぞ」
「お嬢が私の事を淫魔だとか言うからッス」
「そういう行動をしたのはお主じゃろうが。 と言うかお嬢と言うなと何度も」
「へーへー分かりましたよ、尻拭いの口封じすればいいんでしょ」

 そう言い終えるよりも先に、外套を開けさせながら腕をピンと伸ばし、ルドルフに指した指先から青く小さな光弾が放たれ、

「っ」

 避ける間も無く額に直撃、身体の支配権を失ったかの様に背中から倒れる。
 あっけなく、そして突然の出来事にテオドールも、リーゼロッテまでもが呆然とその末を見ているのみだった。

「…ルドルフ?」
「…おいラナ、殺せとは言ってはおらぬぞ」
「お嬢の目は節穴ッスかね、殺しちゃいませんよ、血だって出ちゃないでしょ」
「え? いやしかし、口封じだとお主ーーー」

 一人が呆然、一人が当惑、一人が平然。 そして間も置かずもう一人がゆっくりと起き上がる。
 上半身を起こしたはいいが、目覚めが悪いのか片手で額を押さえている。

「う……頭が……」
「お、生きとる」
「な、黒鼠!? 馬鹿な、つい今までと居場所が違、ぐっ、腹が…!?」
「無事なのは良かったけど忙しいなお前」
「あれ、何故兄上が剣を…いたた」

 今度は額ではなく腹を押さえだす。 ルドルフの混乱ぶりに、彼に何が起きたのか理解出来なくもないが、確認の為にとリーゼロッテはラナに質問を問い掛ける。
 偶然か必然か、同じ事をテオドールも考えたが、馬鹿正直に訊いたところで答えて貰えないのが目に見えていた。

「お主、一体何をした? 分からんでもないが……」
「分かるなら訊かなくても……まあいいけど。 ちょいと忘れて貰っただけッスよ」
「な、新手が!? いつの間に!?」

 一人騒ぐルドルフを捨て置き、リーゼロッテは質問を続ける。

「忘れて…って忘却魔法か何かか? お主そんな事が出来たのか、と言うか魔法を使えたのか」
「かじったレベルッスよ、精々直近の五、六分までの記憶しか吹っ飛ばせないし。 諜報活動とかしてた時は他にも色んな小技を使ったもんッス」
「……お主は一体何者なんじゃ。 長いこと共に過ごしておるが、未だに新事実が出てくるとは思いもせんかったぞ」
「やだなあ、私はただのお嬢の世話役ッスよ」
「この世には諜報活動をするような世話役がいるのか?」
「おらんじゃろ、って普通に話に入り込むでない!」

 三度、蚊帳の外からの介入を拒否されるテオドール。 が、意に介する事なく寧ろ歩み寄り始める。
 その予想外の動きに二人は閉口し、ルドルフは目を丸くする他なかった。
 だが当然、テオドールはそんな事を気にしない。

「俺を攫うなら早くしろ。 こんだけ騒いでんだから、勘付いた兵士が駆け付けて来てもおかしくねえぞ」

「お主、何をーーー」
「兄上、何をーーー」

 奇しくもリーゼロッテとルドルフの言葉がシンクロする。
 そして彼は言い放つ。

「攫われてやるって言ってんだよ」