複雑・ファジー小説

変革のアコンプリス ( No.31 )
日時: 2014/05/06 20:35
名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
参照: 第3話「Raid of Black rose」−⑨



 渦中の人物は笑みを浮かべていた。
 それは喜びや楽しさから来るものではなく、リスクを伴いつつもリターンに賭ける、どちらに転ぶか分からない大博打に出たギャンブラーを思わせる。
 少なくとも、自分の身が狙われていると知った者のする様な顔ではないのは確かだ。 テオドールの言動を受け、この場にいる全員が呆然としているのがその証拠だろう。

「ーーー何を、何を言っているのですか兄上!? 攫われてやるだなんて、というか、いつ奴らがそんなこと!」

 静寂を破ったのはルドルフ。 自身が慕う従兄に手を出させまいと戦っていた彼がーー彼の中では戦い始めた直後だがーー憤慨するのも無理はない。

「なあルドルフ。 コイツら、俺を攫いに来たんだぜ?」
「だから何だと言うのです!? まさか、攫いに来たから攫われるだなんて馬鹿なことを…」
「俺でもそこまで馬鹿じゃねえさ。 これはな、俺にとってチャンスなんだよ」
「チャンス……?」

 何を言っているのか理解出来ないのだろう、テオドールを見上げるルドルフの目には不安と困惑が宿っている。
 一方で、早々に仕事を済ませたいとするラナをリーゼロッテが片手で静止を示唆する。 テオドールの真意を確認するつもりなのだろう。

「このまま何日、何ヶ月、何年とずっとこの国に、宮殿に収まっててよ、いつ自由に身動きが取れるかなんて分かりゃしねえ。 それに、兄貴達みたいにどっかの国に政治の道具として飛ばされる可能性だってあるんだ。 そうなっちまったら自由に世界を見て回るなんて出来ねえだろ?」
「それはそう、だけど、何もこんな手段でなくても!! こんな、得体の知れない連中についていくなんて無謀にも程があります!!」
「確かにな。 いつかは俺も自由に世界に出歩けるかもしれねえ。 それにリスクもある。 けどな、」

 すぐ後ろにいるルドルフに振り向こうとしない。
 彼にはもう、目の前しか見えていない。

「宝を前にして我慢出来るほど、俺は我慢強くない……悪いな、ルドルフ」
「そんな……」

 伸ばす手が届くよりも先にテオドールは前へと歩き出す。 声は届く前に散り散りになった気さえした。

「妙なことになったッスね、お嬢」
「そうじゃな……」

 返事もそこそこに、彼女も一歩踏み出してテオドールと向かい立つ。
 互いに怯まず、臆せず、堂々と。 瞬き一つせず視線を同一直線上に重ねる。

「……俺は変革とやらに興味は無いが、お前が俺に世界を見せてくれるのなら手だって貸してやる。 変革の共犯者にだってなってやるよ」
「良かろう、だが貴様の希望は半分は叶わぬじゃろうな。 余は世界を変革させる、一度世界を殺すのよ。 それでも構わんのか?」
「一朝一夕で世界は変わらない、変わっていく世界も見届けてやる」
「ふん、そこまで言うのであれば好きにすると良い。 利用でもなんでも……こちらとて貴様を利用するのじゃからな」
「望むところだ」
「いや何当たり前のように話進めてんのアンタら」

 よくぞここまで我慢したものだと自惚れるも、逆に言えば遂に堪えきれなくなり、ラナが横槍を入れるようにして二人の間に割り入る。

「何律儀に承諾してんスかお嬢は! んなの排水溝にでもポイ捨てすりゃいーでしょ!」
「人手が足らんから良いではないか。 どの道、どうにかして協力者は募るつもりじゃったし」
「たった二人しかいないのに計画したくせにか! つーかアンタ! ちったぁ王子としての自覚とかは」
「あるわけねえだろ」
「ですよねー! 知ってたー!」
「ーーー…い、上の…うで声……!」
「わーい! 追っ手がやっときたー! 奇跡的に今頃かよチクショー!」
「忙しい奴だなコイツ」
「同意見じゃ」
「誰のせいだと思ってんだー!!」

 マイペースを崩さない王子とお嬢の両名に振り回された挙句、悠長にし過ぎたツケもやってきて半ばヤケクソ気味に吠え立てる。
 そうこうしている内にも鉄が重なり合う音が近付きつつある。

「そうだな……俺の部屋の隠し通路でも使うか。 窓から飛び降りるよりはマシだろ」

 逃走経路を確認しようとリーゼロッテが地図を取り出すと同時に、テオドールが思い出したように言い放つ。
 その唐突な情報にヤケクソ気味だったラナはきょとんとする。

「え、何それ、そんなんあるの」
「お前らみたいのが来た時用に、こっそり逃げるために入り口が個人の部屋全てに作られててな。 使うことなんて無いと思ってたけどよ」
「使いもしないのに作るのか、贅沢じゃのう……いや、今は贅沢に感謝じゃな」
「……あ、部屋に入っててくれ、すぐ行く」

 くるりと足の向きを変える行動と言動を謎に思うも、一応言われた通りに二人はテオドールの部屋に入る。
 テオドールはすぐそこに打ちひしがれる様に座り込んでいた彼の元にしゃがみ込む。

「ルドルフ」
「……兄上」

 ルドルフがゆっくりと顔をあげる。 記憶を消された影響で頭痛がするせいか、少し苦しそうでもある。
 従弟の意思を無碍にしたのもあってか、テオドールは申し訳なさそうに微笑みかける。

「心配すんなって、死ぬわけじゃねえんだ。 またいつか会えるさ」
「駄目だ……あんな奴らについて行っちゃ……」
「スマン。それじゃあ、な」

 名残り惜しさはある。 不安もある。
 自分勝手を盾にして国を捨てる。 卑怯で、わがままなやり方だと思う。
 だけど、少し唐突だけど今が"その時"なんだろう。
 迷ってなどいられないし、理解を求める時間もない。
 だからこう言って、逃げるしかない。

 短く言い残し、踵を返して自室へと向かう。
 ハッとしてルドルフが我に返る頃には、それ程の距離でもないはずのその背中は既に遠くにと感じられた。
 手を伸ばしても、もうかすりもしない。

「兄上!! 行かないで兄上……、兄さん……!!」


 程なくして、多くの兵士達がやって来た。 が、既にもぬけの殻、その場にいた者は一人を除きいなくなっていた。
 その残された一人に屈強な男が駆け寄り、声を掛け質問した。 ここで何が起きたのか、と。
 残された彼は半ば放心状態で多くは答えられなかったが、テオドール王子が攫われたという事実は聞き出せた。
 事実、王子の部屋は散乱しており且つ無人。 更に隠し通路への入り口も開いていた。
 王子個人が逃げるために使ったのなら、逃げたことを悟られない様にと入り口は閉めるだろう。 未だ見つからぬ黒鼠が王子を脅し、そこから王子を連れて逃げたのだろう、と多くの兵士達の中で話が纏められた。

 だが、その場にいた彼から話を直接聞いた男はそうは思わなかった。 彼はこう言っていたのだ。

「兄さん……どうして……」

 そう言うとそれまで張り詰めていた糸が切れる様に彼は気を失ってしまった。
 これだけで何が分かるかというと、当然何も分かるはずがない。
 だが彼には確信とは言えないまでも、予感があった。 王子は攫われたのではなく、自分の意思で何者かーー恐らく黒鼠だろうーーについていったのだ、と。
 しかしこれでは理由が不明だが、これについても見当はついていた。 予想を孕んだ予感で、だが。

 一夜明け、無人で、本が散乱したままの部屋にて彼は、そこにはいない王子に向かって静かに呟く。

「"その時"だったんですかい? 王子ーーー」