複雑・ファジー小説
- 変革のアコンプリス ( No.33 )
- 日時: 2014/05/08 00:53
- 名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
- 参照: 第4話「朝食とあやふや計画の付け合わせ」−①
「……どこだ、ここ」
眠りから覚めた彼、テオドールは開口一番、今見える光景に対しとっさに出来得る限りの侮辱をした。
柔らかさとは無縁のベッドに寝転がったまま見えるのは、薄汚く、シミやら穴が見える天井。
上半身を起こし、部屋を見渡すともっと酷い。 部屋の備え付けの椅子は足が一本折れかけているし、窓にはヒビが入っている。 部屋の隅にいた鼠とも目が合った。
床に降り立とうとすると床が軋み、思わず足を引っ込める。 床が軋むということ自体、彼にとっては始めての経験だ。
それでも動かないことにはどうしようもなく、慎重に床に降り立つ。 当然床は軋むが、歓迎しているようにも、又は拒絶しているようにも聞こえる。
だが、一度立ってしまえばなんのその。 床の声には耳も貸さず、迷わず窓に直行し、開けようとするもやはりというか、立て付けが悪く思うように開かない。
仕方が無い、諦めようーーーともせず、力尽くで強引に開ける。
開かれたと同時に、新鮮、とは言えない青臭いような、スッキリしない臭いが朝の空気とともに部屋に入り込む。
開かれた窓から見える光景は圧巻だった。
申し訳程度に差し込む日差し。
眼前いっぱいに広がる、鬱蒼とした草木。
草木の中に広がる闇。
「どこだ、ここ……」
本日二度目の言葉は一度目と同じだった。 情報の処理が追い付いていないのだろう、呆然としたまま固まっている。
ようやく脳の回転が始まりだしたところで気付き、思い出す。
「ああ、そういや攫われたんだったな、俺」
着の身着のままで攫われたせいだが、服がシワだらけでみっともない。 寝巻きくらい持ってくれば良かっただろうか、と軽く後悔する。
しかし、そのみすぼらしさはある意味で丁度いいだろう。 廊下は廊下で、床は軋むし窓から殆ど光も入らないので薄暗い。 壁に穴が空いているのも目撃したくらいだ。
こんなオンボロ屋敷が彼女達黒鼠の、変革を企てる者達のアジトなのだろうか、もう少しマシな物件はなかったのだろうか、と思わざるを得なかった。
そんな彼は今、朝食を求めてさまよっている。 朝なのだから朝食を食べる。 当然の思考だ。
だが、一応彼は攫われた身の上でありながら朝食を求めるのはふてぶてしいとも言える。
当人には人質になったという自覚がないのだが。 だからこそ、こうやって自由に出歩いてしまっている。
「この部屋か?」
朝食を求めて三回目、ドアノブに手をかけ内開きに開ける。
やはりと言うか、やはり食卓の様な食事をする部屋ではないのは確かだった。 一回目も二回目も、自身がいた部屋と同じような個室で、無人だった。
だから、同じ階にある以上この部屋も個室であることは予想出来ることだった。
諦めて下の階にでも行こうか、と思うよりも先に、一つこれまでの部屋との差異に気付き、ギョッとする。
自身のいた部屋にあったのと違い、柔らかそうな布団とその膨らみ。
そしてもう一つ。 部屋に微かに響く静かな寝息。
誰なのかは彼の位置からは見えないが、この部屋は黒鼠らのどちらかの部屋であることは確かだ。
幸い、気付かれてはいないようだし、早いところ退散しよう、と出来るだけ静かにドアを閉めかけようとしたところで、
「夜這いか」
「うおわあ!?」
耳元に突然低く、ドスの効いた声で囁かれ、静かにしようとした緊張感もあってか驚愕し、寧ろ音を立てて再び部屋の中に倒れ込む。
「むう……なんじゃ、騒々しい……」
こうも騒げば目が覚めるのは当然。 黒鼠こと、リーゼロッテが布団から顔を出し、目を腕でこすりながら寝ぼけ眼を騒音のする方へと向ける。
彼女からすれば奇妙なものが瞳に映っただろう。 腹を抱えて小刻みに笑うもう一人の黒鼠、ラナと、その足元に膝と手を突いて倒れているテオドール。
動じようにも動じられるほど身体が目覚めてはいない。
「何が起きておる……」
意識だけは目の前の光景のお陰で覚醒したため、思ったままの言葉を漏らす。
「いや、ね? お嬢起こしに来たらコイツが夜這い……朝這い?しようと部屋に入るところを目撃したもんで、つい」
「な、違っ、俺はただ朝飯が食いたかっただけで」
「お嬢が朝飯代わり? わーひわーい、やっぱ男ってのは下半身で動く生き物なんだなあ」
「違うってんだろうが!」
昨日振り回された恨みを晴らすかのようにテオドールをおちょくり回す。 彼が必死に反論しようとも、ラナは耳を塞ぎ、文字通り聞く耳を持たない。
が、ふと不敵な笑い声が聞こえ抗議を打ち止め、訝しげに振り返る。
ラナには聞こえなかったが、その目にはしっかりと妙なものが映っていたため、きょとんとして耳から手を話す。
そこにはベッドの上で腕を組み、仁王立ちをするリーゼロッテが二人の視線を釘付けにしていた。
「ふ、はは、どうじゃ、ラナよ! やはり余の魅力に嘘偽りはない! 此奴が余に欲情したと言うのが何よりの事実! 体型など……乳など関係ないと言う事よ!」
そして、高らかに腕を突き上げ、勝利宣言を掲げる。
が、あまりのわけの分からなさに、二人揃って呆然とせざるを得なかった。
「嘘なんだけど……ってか、まだ気にしてたの、ソレ」
「……俺はお前みたいな子供に欲情する趣味は無いんだが」
「ぶっ」
リーゼロッテの自信に満ちた笑みが凍り付く。 ラナは吹き出しては口を手で押さえ、テオドールは二人の反応に戸惑い、視線を右往左往させる。
「え? 俺なんか変なこと言ったか?」
その刹那、リーゼロッテがベッドから飛び上がり、凄まじい形相と勢いとでテオドールに掴みかかる。 白い肌は真っ赤に染まり、ツリ目は更に釣り上がっている。
「余は! 子供では! ないわあ!! 口を慎めこのっ、ケダモノ!!」
「は、はあ? いや、どう見たって子供……」
「見てくれだけで判断するでない!! 余の齢は二十一じゃ!!」
「嵩増しすんなって……あと、苦しい」
「嵩増しなどしとらんわああっ!!」
ちなみにラナはとっくに逃げ出していた。
しょうもない尊厳とプライドを踏み躙られたお嬢はしばらく収まることはないだろう。 それに時間を割かれるのは嫌だから、と。
丁度いいし、アイツに生贄になって貰おう。
「さて。 昨日の今日で朝ご飯作る気が起きない……だるいし、久々に外食にでもしようかな。 港行きの魔法陣は前に使ったのが残ってるし…あ、先に着替えるか」
リーゼロッテのありったけの罵詈雑言を背景にし、パタパタと小走りで自室に戻って行く。
クソ王子の悲鳴も聞こえた気がするが、気のせいだろう。