複雑・ファジー小説
- 変革のアコンプリス ( No.39 )
- 日時: 2014/05/27 20:17
- 名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
- 参照: 第4話「朝食とあやふや計画の付け合わせ」−②
港町、ハーフェン。 海に面したこの街は多くの者が行き交う経済拠点であり、それを領内に含むイデアールの経済的な主力でもある。
人が行き交う事で自然と発展して行き、それに併せて様々な建築物が建てられていく事になる。
大規模な民間食堂兼宿屋として建てられたここ、「リベルタ」もその一つ。
朝にも関わらずリベルタは賑わっていた。 そこには彼女らの姿もあった。
円形のテーブルにある皿の上に鎮座するベーコンエッグの隣に仲睦まじく転がる二本のソーセージ。
二本の仲を裂くかのようにソーセージの片割れにやや乱暴にフォークが突き刺され、刺した張本人であるリーゼロッテの口内へと飲み込まれて行く。
その一部始終を彼女は仏頂面で行っていた。 これでは食べられたソーセージも浮かばれないだろう。
「そんなツラして食ってたら美味い飯も不味くなるぞ」
彼女の斜め向かいに座るテオドールがフォークを向け指摘する。
彼は一応、攫われても腐っても王族なのだが、行儀の悪さからして王族らしさは皆無だ。
ソーセージを咀嚼し、喉元を通り過ぎ終えたリーゼロッテは恨めしそうにじとりとした目付きで睨み返す。
「誰のせいじゃと思っておる」
「あー? まださっきのこと気にしてんのかよ、ガキ扱いして悪かったって謝ったろうが」
「そうではない! いやそれもあるが、なんなのじゃ昨日のアレは!」
「昨日の……って、隠し通路のことか? もういいだろ、そのことは」
「良いわけがあるか! あんな埃まみれの通路を使わせおって! と言うか通路ですらない、滑り台、スロープではないか!」
不満を晴らす様にフォークを持った手で机を叩く。 おそらくここが公衆の場でなければ掴みかかっていただろう。
否、既に掴みかかっていた。 今この瞬間ではなくつい昨日、宮廷から抜け出した直後に。
あの時、テオドールが使ったらどうだと提案した非常時脱出用の隠し通路は確かに機能した。 隠し通路を使わなければ逃走に失敗していた可能性はある。
しかし隠し通路の特性上、普段からして人が出歩くことはなく、掃除などされるはずもない。
となれば、埃の楽園の様になってもおかしくはないわけで。 おまけにリーゼロッテが言うように、歩く様な通路ではなく強制的に滑らされるスロープだ。 一度乗り込んだが最後、当人の意思がなんであれ出口まで到達する。
そんなスロープを滑らされ、出口に放り出された彼女らは長年放置されたボロ雑巾のようだったとか。
その後、ボロ雑巾の様なお嬢が王子に激昂の八つ当たりをしたことは言うまでもない。
「まさに鼠の通り道ッスよねぇ、ありゃいただけないわ」
憤慨するリーゼロッテに同意するのは賑わう人混みの中から抜け出てきたラナだった。 彼女の両手、両腕にはウェイターよろしく、右腕に三枚左腕に二枚の皿が乗せられている。
それも全ての皿に食べ物が雑多に、てんこ盛り。
「……アンタ、それ一人で食うのか?」
「そーだよ…って、そんなわけないでしょ、全員で食べんのよ」
その胸の質量を維持する為にそこまで食べるのか、とでも思ったのだろうか。 または三人で食べるにしたって多過ぎるその量を前にして思った事が思わず漏れたのか。
そんなテオドールの疑問を軽く流しつつ、ラナは零さないように皿を一枚ずつ置いていく。
一つ、また一つと計五つの山を前にしてリーゼロッテは目を丸くする。
「ラナよ、流石にこの量は多過ぎるのでは……」
「何言ってんの、最低でもこれだけ食べないと元が取れないッスよ? もっと言うと今日一日分丸々食べ溜めしときたいけど」
「いやしかしだな」
「文句言わない! ただでさえ一人増えてこれから先の食費への不安があるんだからさー! やー、いくら食べても料金固定のバイキングは最高ッスねえ! いっそ三日分食べ尽くすぞー!」
流石にそこまで食べたら別料金取られるだろ、と言うのは思うだけに留めた。
テンションが高くなっているところに水を差して不機嫌になられても困る、という理由ではなく、テオドールには他に気になっている事があったからだ。
城に来た時は二人ともフードを深く被っていたので、パッと見だけでは判別が難しかったが、今はそんなフードも外套もなく。
リーゼロッテは言ってしまえばただ肌が極端に白いだけで済むが、ラナには目に見えるほどの羊の様な立派な角が生えている。
そんな、どう見たって魔族チックな彼女が周囲から咎められることなく、汚物の様な視線を送られることもなく堂々としていること。
それどころか、他の客から気さくに声をかけられている様子すらあった。
(俺が知ってるのと、違う)
彼が僅かに知る、宮廷の外、世界の理の一つである魔族嫌忌思想。 それとは明らかにかけ離れていた。