複雑・ファジー小説

変革のアコンプリス ( No.6 )
日時: 2014/04/03 16:19
名前: 壱路 ◆NNJiXONKZo (ID: HC9Ij0EE)
参照: 第1話 「不遜な従者と姫の気苦労」−①


 日は落ち、月が雲で覆われている今宵は、世界が闇に包み込まれている様だ。
 森の中で人知れず朽ち果てているこの洋館も、例外に漏れる事無かった。が、

「ふん、ふふん、ふん……♪」

 洋館の中の廊下に、片手で明かりのランタン、もう片方の手にはティーカップを二つと紅茶の入ったティーポットを乗せたお盆を持ち機嫌良さげに歩く女性がいた。
 褐色肌に腰まで届く銀髪、そして何よりも目を引くのは歩くたびに揺れる豊満な肉体ーーーではなく、頭頂部の傍に生えている二本のヤギの様な角。
 彼女は魔族なのだ。二十年前、それよりも前から続いていた人間と魔族との大戦で、魔族は敗北を喫した。その敗北を皮切りに、魔族への逆襲と言わんばかりの虐殺が始まった。
 人間や獣人以上の数の種族を内包する魔族。その種族など関係なく魔族であれば虐殺、又は復讐などの対象となった。
 奴隷であっても、生きていられれば上等な方だった。もはや生物ではなく、道具として扱われる者もいるし、人魚族やエルフ族といった見目麗しい種族、主に女性の末路は同情する方が侮辱になる。
 他の生物の精を貪る淫魔族だけは例外的に存在を認められている。人間の三大欲求である性欲に取り入ることにより、大戦後の世界で堂々と生きる術を手に入れた魔族の極少ない例だ。
 では、堂々と生きる術を得られなかった魔族はどうしているのか?いくつか例はある。魔法などを駆使して正体を隠して人間に混じって暮らしたり、魔族に対して排他的ではない地域で魔族として暮らしたり。
 ティーセットを運ぶ彼女の様に人知れずひっそりと暮らしたり。そして、目的の部屋に着いた彼女はノックもせずに器用に足でドアを開けた。

「姫様ー、ティータイムの時間ッスよー」

 ドアをバタンと蹴り閉め、ランタンの持ち手を引っ掛ける。姫様と呼ばれた少女は年季の入り過ぎている机から顔を上げ、呆れた視線を女性に送る。

「ラナよ……今日だけで三度目じゃぞ」
「いいじゃねーですか別に。紅茶好きなんスよ私」
「それは知っているのだが」
「なら問い詰めるだけヤボッスね、細かいことは気にしない気にしない」

 腑に落ちていなさげの姫様に構うことなく、ティーセットを運んで来た女性、ラナは机の上にある本や紙を片手で適当に端に追いやり、そうしてできたスペースにお盆を鎮座させた。そして慣れた手つきで自分の分、姫様の分と紅茶をティーカップに注いでいく。
 姫様はその様子を黙って見ている……ことはないが、口を挟むこともなく、散らされた本と紙を適当に手に取り、筆を片手に再び机に向かう。

「はいどうぞ姫様」
「うむ」
「んっ……はぁ、いやあやっぱドゥフト産の奴の紅茶は香りが良いッスね!」
「そうだな」
「せめて一口でも飲んでから言ったらどうスかお嬢」
「お嬢言うな、安っぽい」

 黙々と自分が来る前からしていたのであろう作業に没頭し始めている姫様に対し、面白くなさそうに頬を膨らます。遊び相手がいなくて、暇を持て余している子犬のようだ。

「むー……そんなの明日でも出来るじゃないッスか、女子会しましょうよ女子会ー」
「また今度な」
「あんまり夜遅くまで起きてるとハゲますよー」
「そうだな」
「つるっぱげならまだしも、頭頂部だけハゲるなんてことになってもいいんスかお嬢」
「うむ」
「生返事しかしてねーな」
「うん…」
「私暇過ぎると死んじゃうんですよ、いいんですか私が死んでも」
「ん…」
「うっわひでえ。薄情ッスねお嬢」
「ん…」
「だから貧乳なんスよ」
「それとこれとは関係なかろうが!!ってかさっきから煩いわ!!余の邪魔をするでないこのでか乳色魔!!」
「私淫魔じゃなくてただの悪魔ッスよ」
「どう でも いい!!」

 ガタン、と姫らしからぬ騒々しさで立ち上がり、額に青筋を浮かべて対面に座っているラナに詰め寄るが、詰め寄られた当の本人はそっぽ向いていて反省の色は見られない。

「悪いのは姫様ッスよー。私に構えよお嬢ー」
「お嬢言うな!と言うかその態度、お主それでも臣下か!」
「えー?世話役って臣下って言うのー?まあ私も特に行くアテないからお嬢の側にいるんだけどー」
「世話役も立派な臣下じゃ!臣下らしく忠誠心を見せてみんか!」
「ちぇ、しょうがない。ほーれ忠誠心ですよーほーら凄い、超忠誠心溢れ出てる」

 やる気なさげに腕を振り、ホコリを舞わせるラナの態度に再び姫様の青筋が顔を出す。

「貴様……それでも本気か……?」
「本気ッスよ超本気。今は忠誠心ポイントが足りないんで。私に構うと溜まっていきますよ」
「溜まると、どうなる」
「私の顔付きが真面目になります。キリッてなる」

 姫の怒号と、机がひっくり返る音が洋館中に響き、闇に吸い込まれていく。
 当然、それが聞こえた者など当事者以外にいなかった。