複雑・ファジー小説

Re: 『冬に抱かれて永遠の死を——。』 ( No.1 )
日時: 2014/06/18 20:04
名前: 奏弥 ◆4J0JiL0nYk (ID: rtyxk5/5)

■ 序章—健やかに悲惨—□

 冥い部屋の中で細くつっかえる音が鳴っていた。それは虫が木を噛じる音に似ている。断続的に、時々音が粘着質を帯びる。聴いてるだけで耳を塞ぎたくなるような、薄気味悪い音だ。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

 その音に混じって男の声がそう呟いていた。声色にして、10代後半の少年のようだ。しかし子供らしい活気溢れた雰囲気はなく、ただただ単調として紡がれていた。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

 感情の失せた声で、何をそう言い聞かせているのか。何に対して、大丈夫と言っているのか。言葉は途切れる気配を見せず。音は相も変わらず乾き、ときに粘着質を帯びる。
 と、閉め切ったカーテンの隙間から薄らと月光が差し込んだ。照らされたその先にはベッドらしき物があり、その上には少年が体育座りで座っていた。首は赤子のように支えられずに、力なく傾いている。その目はただ差し込んだ光の先を見つめていおり何も映していない。しかし、口だけは使命感に取り憑かれたように「大丈夫」を繰り返している。よく見れば、少年の両手は自身の右足を掴んでいた。いや、掴んでいるというより、右足の親指にある爪を、周りにある生皮を、力強く剥がしていた。右足の親指と右手は血まみれで、爪の周りの皮ふは荒削りしたように肉が見えている。痛々しいその行為を、しかし少年は一向に止めようとはしない。

「大丈夫、大丈夫、大丈————ッ」

 急に、少年は顔の筋肉を中心に引っ張るように、顔をしかめた。太い呻き声をあげ、体を丸める。呻き声に混じって「いたいいたい」と、苦悶の声を発していた。まるでこの瞬間初めて、親指の激痛を感じたかのように。幼い子供とは遠く及ばない、大人の泣き方をして。少年は傷の激痛をやり過ごそうとしていた。

「……………………」

 どれくらいそうしていただろうか。月がまた雲に隠れ、部屋を闇が支配したとき。少年の影はゆっくりと起き上がった。両手を投げ出し、荒い息を押し殺そうとしながら壁にもたれる。

「ほら……」

 見えない何かに語りかけるように少年は顔を上げた。その声には年相応の喜びが混じっている。親に褒められることを期待している子供のように、しかし貫禄を感じる乾いた笑いをそっと零して息をつく。

「……ちゃんと、俺は、人間なんだよ……」

 ぷつんと。少年の意識は常闇に沈んだ。
 月の光がまた部屋を照らす。ベッドに横たわる少年の顔は疲労で影を落とし、右足付近のシーツは赤黒く変色している。しかし、なぜか先程はなかったもう一つの影が少年の上半身に落とされていた。到底人間とは判断し難い、とても歪な影。

「————……。」

 そしてそれはゆっくりと、その長い腕で、少年の頭を撫でた。