複雑・ファジー小説
- Re: 奇跡の旋律と静寂の流星 ( No.1 )
- 日時: 2014/04/12 22:07
- 名前: 白玉団子 (ID: gOBbXtG8)
その歌声響きし時。
その流星現れし時。
その光照らせし時。
この三つの言い伝えの条件を満たしたときに奇跡は起きるという。
既に亡き幼子を抱く母が、同じくして終わらない夢を見ようとしている。
自分を庇ってきた人々を思い詰めるあまり、自刃を計ろうとする人もいる。
下らない森羅万象のうち、どれのために自分は存在しているのか。それを知らないで苦しむ人もいる。
天に祈るも下を向く人々。
彼らは気付かない。数多の流星が煌びやかに瞬いたことを。
流星が振りまく光の粉が風に乗り、祈りを奉げる人々の身体を淡く照らしていることを。
そんな中で、一人の少女が小さな農村で目覚めた。
寝ぼけながら記憶を辿る中で、天に祈りを奉げる人々の記憶も流れ込む。
少女は翡翠の瞳を潤ませ、一粒ずつ涙を流す。流れてきた記憶の分だけ。
奇跡起こりし時、少女が目覚める。
幾千年、幾万年もの記憶を眼で見て収め、虚無に消えようとしている願いを叶える為、星の世界より来る。
やがて祈りが消えるとき、少女は再び星の世界へと帰る。
その伝説が、実現されようとしている。
「——可哀想に……」
寝ぼけながら辿った記憶と新たに流れ込む記憶を自身の記憶に納めた少女。
木造の古い家屋や水車などが立ち並ぶこの農村で、河川でしゃがみこむ一人の少年を発見した。
右手にはカッターナイフが握られ、左手には故人である家族の写真が握られている。
少年はカッターの刃を出し、左の手首にそれを近づけた。
リストカット。やり方によって容易に自殺をすることが出来る行動だ。
少女はそっと少年の隣に立ち、右手を小さな白い手でそっと押さえる。
「ダメだよ。祈りは受け取ったから、死んじゃダメ」
少年は少しだけ体を震わせ、少女の翡翠の眼を見る。
少年が持つ雨に濡れた大地の眼と、目線が交錯。しばらくして、少年は目線を下に向けてナイフを下ろした。
代わりに、左手の写真を握る力を強くした。クシャッと音を立てて写真が握りつぶされる。
悲しみに満ちた少年の眼を見た少女。少年をそっと抱きしめる。
「家族を失ったのは辛いよね」
「……なんで、分かるの……?」
「私は、貴方の記憶を知ってる」
少女は少年から離れる。
「貴方の祈りは分かったわ。家族と会いたいのでしょ?」
「……うん。……叶えてくれるとでも?」
「ごめんね、それは出来ない」
少女は立ち上がり、川のせせらぎを耳にしながら空に浮かぶ月を見た。
現在は夜中であり、夜行性の無視の声が辺りに響いている。
「私が叶えられる願いは、深層的な願い。この苦しみから解放されたいっていう、貴方の本当の願いを、ね」
「……」
「貴方のような境遇にいる人は皆そうよ。何よりこの苦しみから解放されたいから、もっと他を願おうとする」
少女はそこまで言うと、少年を振り返った。
銀のショートヘアがそよ風に揺れ、少年のブラウンの髪も同じように揺れる。
因みに双方とも小柄で、立ったときの身長は変わらない。
「私は、貴方の願いを叶える為に全力を尽くす。これは私の義務だから、よろしくね」
「……ねぇ、名前教えて。僕はヴァラーダ」
いまいち腑に落ちない様子の少年は、何をしていいか分からずに名を尋ねた。
やはり、また名を訊くか。答えたところで何か残るわけではないが、少女は毎度名乗っている。
奇跡に応え、この星にやって来る度に。
少女は少年『ヴァラーダ』の目を見て少し微笑む。
「——私はファルエナレイン。エレインでもいいよ」
- Re: 奇跡の旋律と静寂の流星 ( No.2 )
- 日時: 2014/05/25 19:41
- 名前: 白玉団子 (ID: gOBbXtG8)
ヴァラーダはエレインに手を引かれ、村を後にしていた。
草原と砂利道が続いており、村の上流より流れている川のせせらぎが響き、所々に点在する木々が風に葉を揺らす。
時折エレインは、振り返っては半歩後ろにいる彼に翡翠色の瞳を向け、微笑んではまた視線を前に戻している。
彼女がそれを繰り返している一方で、ヴァラーダは自分の複雑な心境に自問自答ばかりを繰り返していた。
果たして、目の前のこの少女〈エレイン〉を信じていいのだろか。
そんな問いに対し、いくつかの答えにならない答えや問題が返ってくる。
まずはそもそも、自分に置かれた今の状況を知る彼女は何者なのだろうかという疑問に始まった。
だが恐らく、この問いに対する正確な答えは暫く経たないと返ってこない。彼はそう踏んだ。
冒険家であった彼の父曰く、こういうパターンの謎は気にしたところで仕方がないという。
あとはその大元となった疑問の枝分かれだ。
何にせよヴァラーダは、ファルエナレインと名乗った自分の手を引く彼女の正体を気にしている。
一方で、このまま連れられていっていいのかという不安な思いもあった。
「怖いの?」
「!?」
その時丁度、ヴァラーダの心境を見透かすような一言がエレインより発せられた。
動揺したらしいヴァラーダは、思わず体を震わせて歩みを止めた。それに合わせて、エレインも歩みを止める。
同時に彼を振り返り、変わらぬ柔らかな笑みを湛えた。
「そうね……貴方みたいな年頃の、それも従順で大人しい子は、みんな私を警戒してきたよ?」
「——君は、何者なの……?」
いい機会だと思ったヴァラーダは、遂に大きな質問へ踏み込んだ。
彼の質問を聞いたエレインは一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐに表情を元に戻し、彼を川の辺に誘導する。
二人は草原に寝転がった。清浄な空気のお陰で、この辺りでは星がよく見える。
年に一度、天の川という星の大集団を見られるが、この地域の夜空はそれにも劣らない。
一息ついたエレインはヴァラーダの手を取って握り、呟くように話を始めた。
「私は星の子。この星に生きる人々を苦しみから救うため、星が生んだ子よ」
「星の子?」
「端的に言えば、ね」
エレインは少し間をおいた。
ヴァラーダが、星の子と言う単語を頭にしっかり入れれるようにするためだ。
暫くして、再び話が再開する。
「この世界は、いつも苦しみで満ち溢れてる。貴方のような想いを抱く人々が、いっぱいいるから……」
「僕みたいな……?」
「そう」
エレインはヴァラーダを見た。
だが彼は、目線を夜空に固定したまま彼女の視線に気付かない。
苦笑したエレインは、目線を再び夜空へと戻した。
「そんな人々を、苦しみから解放してあげる……これが、私が存在する理由なの。それから、生きとし生ける人々の苦しみを全て開放出来れば……私は再び眠りにつくの」
エレインは目を閉じた。
星の鼓動——即ち、この世界に生きる人々の鼓動——が、彼女には聞こえた。
こんな生き生きとした生命の躍動の中で、苦しむ人々は数知れない。
毎度の事ではあるが、エレインの旅路は果てしなく長い。それでも彼女は健気に、前向きに目的を達しようとする。
それがせめてもの、救いきれなかった人々へのけじめになれればいいという、彼女なりの想いがあるからだ。
「……大変だよ」
「?」
途端にポツリと呟いたヴァラーダに、エレインは再び彼を見た。
気付けば彼は、真っ直ぐな目で彼女を見つめていた。エレインは少しだけ頬を赤らめる。
そんな彼女にも気付かないで、ヴァラーダはただエレインを見つめて言い放った。
「この世界で、苦しみを糧に生きてるような人々を救うんでしょ? それも全ての苦しみを」
共に背負うことになるであろう、救うべき者の苦しみを分かち合って乗り越えられるのか。
暗に、彼はそう訊いていた。察したエレインは、また苦笑して視線を夜空へと戻す。
「みんなを救えた例(ためし)なんてないけど、それでもやらなきゃ。じゃなきゃ、私が何でここにいるのか。意味が無くなっちゃうでしょ? だから、出来る限りの事をするよ」
横から見たエレインの目は、強い眼差しでありながら儚い。
お人よしだな。そう思ったヴァラーダは呆れ半分で溜息をつきながら、呟いた。
「強いんだね。君は……」
「当然よ。何回も経験して、慣れちゃったからね」
「——それ、慣れちゃっていいものなの……?」
二人はくすくすと笑いあった。