複雑・ファジー小説
- Re: 奇跡の旋律と静寂の流星 ( No.3 )
- 日時: 2014/05/25 15:04
- 名前: 白玉団子 (ID: gOBbXtG8)
「うおおぉおぉぁぁあぁああ!! どうしてくれるというのだお前!!」
二人が隣——と言っていいのか分からないほど離れた場所の——街に来たときだった。
街の入り口にやってきた二人は門兵の許可を得て中に入ったのだが、丁度その時、街中に男の怒声が木霊した。
二人は揃って肩を震わせる。声にはかなりの気迫があり、遠くで響いた声のはずが、至近距離で聞こえた感じがするからだ。
メガホンを使っているような感じもしない。相当声が大きかったのだろう。
ヴァラーダは思わず、エレインの手を握る力を強くしてしまった。
自分が怒鳴られたような気がして、反射的に悲鳴も上がる。
だが彼だけでなく、エレインも少しヴァラーダの手を握る力を強くしていた。
「な、何今の……」
震える声でヴァラーダが尋ねる。
「分からない……行ってみよっか」
「ええぇ〜、大丈夫かなぁ〜……」
再びヴァラーダの手を引くエレイン。
引かれている彼はその一方で、酷く不安そうな声で何かを呟いていた。
◇ ◇ ◇
階段状になっているこの町の上層部へ行くと、商店街の真ん中で人だかりが出来ている場所があった。
その騒ぎの中心では、先ほど響いた声の持ち主らしき人物が、何か険悪な雰囲気を漂わせてヘルメット姿の男と相対している。
声の持ち主は、体つきが豪快なスキンヘッドの男。一方でヘルメットの男は、何か動きを見せるわけでもなく突っ立っている。
人だかりに近付くヴァラーダとエレイン。会話がより鮮明に聞こえてくるようになった。
「だから、落ち着きなよ」
「これが落ち着いていられるかー! あのクソ女ぁ!」
ヘルメット姿の男は、スキンヘッドの男を宥めているようだ。
だが、スキンヘッドの男は愚痴りながら、ただ地面に手と膝をついてい項垂れているだけである。
一瞬喧嘩沙汰かと思っていたエレインだが、どうやら違ったらしい。
男二人の近くには、大破とまではいかないが、機能は完全に失っているであろう一台のバイクが。
「うーん、どうしたんだろうね」
「聞いてみよっか」
「や、やめなよ〜……」
エレインは引っ込み思案のヴァラーダを引き、人だかりの中心へと向かう。
同時に何故か、集まっていた人々は散り散りになっていった。これで事が片付くのか。とでも思ったのだろう。
これで少しは気が休まる。エレインは早速ヘルメット姿の男に話しかけた。
「どうしたんですか?」
「あぁ。これ、見てごらんよ」
男が「これ」と言って指差したのは、壊れて煙を吹いているバイク。
よく見れば、かなりデザイン性の良いものだった。仕組みを見る限りでは、性能もそれなりに高い方だろう。
バイク好きな人たちであれば、誰もが知っていたとしてもおかしくない。
きっと高いバイクなんだろうな。詳しくないヴァラーダやエレインでも、一目見ただけで大凡の金額が予想できた。
「さっき、太った女の人がやってきてね……」
ヘルメット姿の男は、今起きた経緯を話し始めた。
曰く————
◇ ◇ ◇
「いやー、今日も行楽日和だな!」
「そうだねー」
スキンヘッドの男〈ローガン〉は、ヘルメット姿の男〈スレイ〉と共にバイクでこの街まで遠乗りに来ていた。
二人は揃いも揃ってバイク好きで、仕事の休みが取れた日はこうしていつも遠乗りに出かける毎日を送ってきた。
今日も遠乗り。ここまで来るのに3時間はかかった。
そうして一休みを入れていたときであった。
「あの、ちょっといいですか?」
「うん?」
見知らぬ女性4人が、突然話しかけてきた。
「お二人ともカッコいいですね。よかったら、近くの喫茶店で……」
「おっとぉ? これは所謂逆ナンってやつか?」
「あ、そうかもですね。あはは」
「よし、じゃあ俺のおごりだ! あそこまで行こうぜ」
お茶に誘われた二人は、乗り気で喫茶店まで入っていった。
そうして電話番号の交換などを終えて、夕方になった頃。
また誘い来ないかな。そう思って二人は先ほどの場所でナンパされるのを待つことにしたのだという。
すると————
「ちょっといいかしらぁ?」
突然、悪寒が走った。不意に聞こえた、地獄の底から響くような声で。
気付けば目の前に、相撲取りと間違えそうなほどに太った女性が立っていた。
顔には雀斑とニキビが出来ていて、全体的に脂ぎっている。頭にはピンクのリボン。何より、バイクの排気をも上回る汗臭さ。
全てが気持ち悪い。そう思える女性がいたのだ。
「!?」
二人は言葉を失った。
「あら、素敵なバイクじゃない」
そういってその女性は、ローガンの乗っているバイクを見る。
「ちょ、待——」
待ってくれ。そういい終わったときにはもう遅かった。
女性がローガンのバイクの後部に飛び乗ったのだが、その瞬間にバイクのタイヤが外れ、エンジン機構も潰されたのだ。
がしゃんと音を立てて崩れ、白煙を上げるバイク。とにかく、爆発しなかっただけ幸いといえる。
が、自分の前に転がってきたタイヤを見て、ローガンは暫く硬直して、膝から崩れてしまった。
「何よ、壊れてるじゃないのよぉ。私を惚れさせたんだから、もうちょっといいものかと思ってたけど。残念だったわぁ」
そんなバイクを見て女性は、初めから壊れているものだと認識したようだ。
バイクから降りる彼女。そのまま見向きもしないで、早足にその場を去っていった。
エレインとヴァラーダがローガンの叫び声を聞いたのは、その後すぐの事である。
◇ ◇ ◇
「——という訳でね。ローガンは帰りの足を失くしてしまったのさ」
「そうだったのですか……」
壊れている黒いローガンのバイク。
隣には真っ白な、またデザインが違うが見た目の良いバイクが停車されている。
これはスレイのバイクだが、このバイクでは流石に、ローガンと自分の体重は支えきれないのだとか。
よって、落ち込む彼を後ろに乗せて帰ることも出来ない。
幸いにも仕事は長期の有給休暇中なので、この先は実に一ヶ月という休みがあるという。
「考える猶予はあるみたいですね」
ヴァラーダもいつの間にか、ローガンをどうしようか真剣に考え込んでいた。
が、考え込んでいる彼とは違い、エレインは何も考えずにスレイに話しかけていた。
「スレイさん」
「なんだい?」
スレイはヘルメットを取っていた。
金髪のホストヘアが、何ともいえない爽やかな雰囲気を醸し出している。
「帰るにしても、電車を使えないのですよね?」
「そうなんだよね……」
ローガンたちが住んでいる村には直通の電車が通っていない。
乗換えを駆使して帰るにしても、片道6時間はかかる。それに伴い、運賃もかなり高くなる。
さらに今のローガンとスレイは、彼の帰りに金を使う余裕が無い。
それに加え、最寄の駅から村に行くまで実に2時間歩かなければならない。
勿論バス停など無い。ローガンは、地図に乗っているかどうかも怪しい辺境の村に住んでいるのだ。
それを聞いたエレインは、これぞ妙案と言った風に迷わず口にした。
「なら私達も手伝うので、ここで働いてお金を稼ぎましょう」
——と。
「おぉ、そいつは名案だ! 助かったぜお譲ちゃん!」
涙ぐんでいるローガンが、その豪快な手でエレインの小さな手を握る。
スレイも、その手があったかと大きく頷いて感心していた。その一方でエレインの服を引っ張る人物が居た。
ヴァラーダだ。
「ね、ねぇ。私達ってことは……」
「そうだけど」
「え……えぇ〜〜!?」
然も当然といった答え方をするエレインに、ヴァラーダは思わず眉をハの字にして肩を落とした。
「人助けは私の役割だからね。ほら、文句言わないの」
ローガンたちが見惚れるほどの笑みを浮かべるエレイン。
ただし、目は完全に笑っておらず、ヴァラーダは苦笑して固まるだけであった。
『ここで嫌だって言ったら、きっと良くないことが起こるんだろうな……』
大人しく彼は、彼女につき従うことにした。
その際にスレイは、彼女が言った「役割」という言い回しに首を傾げていた。