複雑・ファジー小説
- 『“私”を見つけて』08 ( No.17 )
- 日時: 2014/06/07 14:25
- 名前: マヒロ ◆eRcsbwzWZk (ID: g2Ez2oFh)
私は月に一度、蓮さんの紹介で精神科へ通っている。無論この記憶探しの件を両親は知らないので、診察代は彼がすべて払っている。目的を達成してから請求するから気にしなくて良いそうだ。
そして今日もその診察はある。出来るだけこの件に関して周りに悟られないよう、私はいつも通り鈴菜と下校していた。
「じゃあね菫ちゃん、また明日!」
「うん、気をつけてねー」
鈴菜と別れてから数メートル歩けば着く自動販売機の近くが蓮さんとの待ち合わせ場所だ。だが私は鈴菜に体育でヘアゴムを借りっぱなしだったことを思い出し、引き返した。どうせ蓮さんは遅れると言っていたし、彼女もまだそう遠くには行っていないだろう。
案の定、鈴菜はまだ私の見えるところにいた。私は少し急ぎ足で彼女の元に向かう。すると、鈴菜が横断歩道を渡るところに突如スピードを上げた黒い車が迫ってきていた。
「鈴菜ッ!!」
私にしては珍しく声を張り上げて鈴菜の名を呼んだが、彼女の足は動きそうにない。私の足は力強く地面を蹴っていた。
鈴菜の身体を抱きしめて、助走の勢いで横断歩道を渡った。車の走り去る音が大きく聞こえた。
……間に合ったんだ。身体の至る所を打ったが、今は彼女の安否が大切だ。私は隣に同じく寝そべる鈴菜に声をかけた。
「鈴菜! 怪我は? 動ける?」
「菫ちゃん……ありがとう、助けてくれて。あ、血が…!」
よく見れば、私は膝と肘から血が出ていた。だが少し擦りむいただけだし、鈴菜に外傷は無さそうだ。
大丈夫だと彼女を宥めていると、誰かが走ってこちらに近づいてきた。
「おい、大丈夫か!?」
「三宅先生! 菫ちゃんが怪我を…!」
「いや、だから擦り傷だから平気だって……」
「……ひとまず、僕の車が近くにあるので乗ってください。二人とも送っていきましょう」
鈴菜は立ち上がり、私も蓮さんに支えられながら彼の車に乗り込む。鈴菜は私のことを酷く心配していたが、蓮さんが上手く言い丸めてなんとか帰宅してくれた。
ようやく車内に二人きりになり、蓮さんの胡散臭い笑みが無くなる。人気のない場所に車をとめると、彼は後部座席に移動してきた。どこからか出した消毒液を片手に、私の血濡れた足を抱えた。
「ちょ、何ぶっかけようとしてるの!? 普通あれでしょ、水で洗ってからちょっとかけるものだよねそれ!」
「ないんだから仕方ないだろう。ほら、腰引くな」
「いや、だって! うわ、いっ……いだあああああ!」
染みる染みる染みるッ!! 傷口に直接かけられた大量の消毒液が痛くて涙が出てきた。強い力で固定されている足は逃げようとしても全く動かない。
悲鳴や呻き声を上げながら、私は蓮さんの荒療治を受けていた。
「っ……くそ、痛い…!」
「まあこんなもんだろ。意外と深かったみたいだな」
「ていうか救急箱あるなら自分でやったのに……」
「五十嵐鈴菜に君のこと任せろと言ってしまったからな」
意地悪に笑っていた彼だったが、手当が終わった途端に真剣な顔つきになった。蓮さんが話したいことは大体わかっている。彼は察しが良いことを知っているし、私もさっきから話したいことがあった。
「あの事故、偶然か?」
「……断定はできないけど、偶然だとは思えない。あの黒い車、見覚えがあるの」
「それは、」
「多分、一之宮家の。でもなんで家が鈴菜を?」
蓮さんは少し考える素振りをして、肩をすくめながら答えた。予期せぬ事故だったはずなのに、こんなことでさえ彼の予想範囲内でありそうだ。
「君が五十嵐家と接触するのが気に喰わないんじゃないか? 今まで何か言われなかったのか」
「っそうだ、鈴菜の話をしたらその子の家には行くなって……。取引先だから粗相があったらいけないって言っていたけど、本当は——」
一之宮家と五十嵐家に何かあるのか? 何の確証もない疑惑は、私の心に波紋を起こした。
蓮さんの話では、彼等は私にバレないように鈴菜に危害を加えようとしているかもしれないということだが、私に目撃されたことからしばらくは動きを見せないらしい。……あくまで彼の推測だが。
0607 少しだけ修正