複雑・ファジー小説
- 『“私”を見つけて』12 ( No.24 )
- 日時: 2014/06/07 14:30
- 名前: マヒロ ◆eRcsbwzWZk (ID: g2Ez2oFh)
以前にも話を出したが、私は精神科に月に一度だけ足を運んでいる。今日も蓮さんに車で送ってもらい、医師と向かい合っていた。
先生の名前は九野楓。年齢は三十一歳、精神科医ということもあってか温かい雰囲気を持った人だった。それは年の割に顔が幼いことが関係しているのかもしれないが。
「さて、今回は何を話してくれるんですか?」
「……九野先生は困ると思いますが、私はあなたの話も聞きたいです。一方的に喋るのは、慣れていなくて」
「あはは、僕に気遣わなくていいですよ」
飄々と笑う彼は、蓮さんとは海外の大学で知り合ったらしい。年齢が八歳も離れているのに? という疑問は心の隅にしまっておいた。
以前仲睦まじく談笑しているのを見たので、恐らく仲が良いのだろう。あんな考えていることのわからない人と付き合っているんだ、先生はさぞ人間が出来ているに違いない。
「こうして菫ちゃんが来てくれたのは四回目ですね。そろそろ慣れましたか?」
「ええ、まあ」
「……本来精神科医が言っちゃいけないんですけど、僕がこうしてあなたと話しているのは記憶障害の状態や原因を調べるためです。それを行うためには、あなたが僕にある程度気を許していなくちゃ出来ません」
「……すみません」
精神科医というのは大変だ。こうした厄介な病気や障害を持った人々と関わり合い、患者の分析をしなければならない。
その厄介な人々の中に自分がいるのかと思うと、診察代を払っていても(現在払っているのは蓮さんだが、必ず返す)申し訳なく思ってしまう。だから“本来精神科医が言ってはいけないこと”を言わせてしまったのではなかろうか。
「いえ、謝らなくていいんです。今のあなたの現状にも、僕が本来言わないことを言ってしまったことも」
「……じゃあ、何故話したんですか? 普通患者には教えないでしょう?」
「菫ちゃんは気を遣いすぎるから、そういうのはオープンにして接したほうが良いと思ったんです。相手の心を開かせるには、まず自分から心を開かないといけないでしょう? 愚痴でも何でも良いですから、僕には出来る限り菫さんのことを教えてください」
小さな子供に言い聞かせるように説得された私は、どうにも頷くことが出来なかった。だって、先生の後ろには蓮さんがいる。もちろん物理的な意味でなく、私が先生に言ったことは蓮さんに通じてしまうだろうということだ。それはあまり良い気分じゃない。
だがそんな不安を抱えているとは先生もわからないだろうから、私の真意を伝えた。私だって前に進みたい。せっかく話しやすい先生に会ったというのに、ただの世間話で終わるのは勿体ないと思った。
「僕は彼に全ては話しませんよ。伝えるのは診断結果だけです。その他を聞かれても職業上答えられませんしね」
「なら、いいです。でも始めに言った通り、私は先生の話も聞きたいです。例えば、大学時代のお話とか」
「……直球に聞いてしまいますが、菫ちゃんは蓮くんのことを聞きたいんですか?」
そう言われて、はっとした。そういえば、私は蓮さんのことを全く知らない。あの胡散臭い雰囲気だけのせいじゃない。彼のことを知らないから、いつも言い知れぬ緊張感を抱いていたんだ。
だから彼の能力は信用できても、何かが足りない。多少はあってもいいはずの安心感がないのだ。
「はい。聞きたいです。私は、彼のことを何も知らないので」
「じゃあ菫ちゃんのご要望通り、今日は僕のことを交えながら彼のことを話しましょうか」
「……その菫ちゃんって呼び方、そろそろ変えてもらえませんか? 先生に呼ばれるとすごく子供扱いされている気がします」
「え? 僕はそんなつもりないんだけどなあ……」
結局、先生の呼び方が変わることはなかった。私の嫌がっている姿を見て楽しんでいるわけではないが、変える気はなさそうだ。
***
新キャラ登場っ