複雑・ファジー小説
- 『“私”を見つけて』18 ( No.30 )
- 日時: 2014/07/09 20:48
- 名前: マヒロ ◆eRcsbwzWZk (ID: g2Ez2oFh)
緊張感を抱きながら一之宮家で過ごすのにも慣れてきた十月。学園では文化祭の時期に入った。
私のクラスでは無難に喫茶店だ。しかもベタにメイド・執事喫茶ときた。誰の陰謀よこれは。裏方行こうとしたのに人数の関係で接客に回ってしまったし……。とにかく、弱音吐いてないで頑張ろう。
「いらっしゃいませ! ご主人様っ」
鈴菜は案外ノリノリで接客業を行っている。悪い客は来ないと思うけど、少しは自分の可愛さを理解して自重したらどうかしら。私は心配でたまらない。
ユニークな喫茶店のおかげか、はたまたクラスの女子が苦労して作ったメイド服のおかげか、売上は上々だ。午後は自由なんだから、もう少し頑張ろう。
「一之宮さん、これ四番テーブルにお願い!」
「はい!」
厨房のクラスメートにオムライスを貰う。にこやかな笑顔を貼り付け、指示されたテーブルへと向かった。
男性の後ろ姿が二つあった。一般のお客さんか、男二人でよく来れたなあ。なんて思いながら、彼等の横に足を運んだ。
「お待たせしました。ふわふわオムライスお二つです」
「よく似合っているねえ、菫ちゃん」
「——えっ? 九野先生!?」
「……俺もいるんだが」
なんと、勇気ある男性二人は九野先生と蓮さんだった。蓮さんはともかく、まさか九野先生がわざわざ学校の文化祭に来るとは思ってもいなかったのだ。仕事だってあるだろうに……。
二人分のオムライスを置き、九野先生に疑問をぶつける。文化祭があるなんて言っていないし、何で私のシフトを知っているんだろう。
「実は蓮くんが誘ってくれてね。ちょうど仕事も夕方からだから来たんだ」
「別に、俺は菫さんの予定を言っただけだろ」
「とか言って、一人でこの喫茶店に入るのが恥ずかしかっただけじゃない?」
「楓さんッ」
二人はなにやら言い争っているが、とりあえず蓮さんが振り回されているのはわかった。先生はさすが年上だけなあって、彼よりも上手なようだ。
ウェイトレスとしてのテンプレートの台詞を吐き、厨房の方へ向うと女の子たちが騒がしかった。どうやら若い年上男性が珍しいからか少しはしゃいでいるらしい。
「菫ちゃん、レンレンといる人知り合いなの?」
「ああ、鈴菜。あの人は病院の先生で、前に診断してもらったことあるんだ」
「へえーお医者さんなんだー」
一応間違いは言っていない。誰も私が月一で通う所の精神科医だなんて思わないだろう。
でも九野先生は年の離れたお兄さんのような人だから、私は彼がここまで足を運んできてくれて純粋に嬉しかった。——まさか、これも仕事のために私の様子を見に来たということも知らずに。
「——楓さん、」
「大丈夫。菫ちゃんは安定しているようだよ」
「……そうか。悪かったな、わざわざ」
大人二人は鈴菜と話す菫を見守っていた。楓は穏やかに、蓮は気を張りすぎているようだ。そんな蓮を見て、楓は静かに笑う。
「ふふ、蓮くんは心配性だねえ」
「俺にだって責任はあるんだ。気を張って何が悪い」
「悪くはないけど……菫ちゃんには悟られないようにね? 彼女、結構見てるよ」
「わかってる。俺のことなんかで気を取られて欲しくないからな」
気の緩みを見せない蓮に、楓は眉を寄せて心配するのだった。
***
つかの間の息抜き。
これから暗い話なので(いつも)