複雑・ファジー小説
- 『“私”を見つけて』19 ( No.31 )
- 日時: 2014/07/21 21:18
- 名前: マヒロ ◆eRcsbwzWZk (ID: g2Ez2oFh)
——文化祭が終わった名残で騒がしいクラスを後にし、私は屋上へと向かった。朝、連絡をいれておいた彼と話をするために。
深呼吸をして屋上の扉に手をかける。青空と一緒に見えた男の姿に、少し慌てた。私が呼び出したというのに、待たせてしまったみたいだ。
「やあ、菫さん」
「待たせてごめんなさい。……覚悟を、決めてきたの」
「……そうか」
素っ気ない返事をした蓮さんは、私から顔を背けた。心なしか、落ち着きがないように見えた。まだ、私に手を貸すことを迷っているのかもしれない。
ある程度記憶が戻った私は、失っている記憶があまり良いものではないことを察していた。なんとなくだが、嫌な予感がするのだ。
そして蓮さんは私の失った記憶の大まかなものは知ってると思う。だからこそこうして親身になり、私を導けるのだ。でも彼にいつまでも守られていてはいけない。自分の脚で立つと約束したんだから。
「失った記憶が良いか悪いかなんてわからない。今まで不自由なく育ててくれた両親にも悪いけど、私は自分の記憶を信じてみたい!」
「……そうだな、俺が言い出したくせに躊躇って悪かった」
蓮さんは胸ポケットから手帳を取り出し、一枚を破って見せた。そこには手書きの地図がある。
彼は顔を伏せながら、私にその紙を渡した。
「学園から五十嵐鈴菜の家までの地図だ」
「鈴菜の家? なんで——」
「早く行け。五十嵐家に入るタイミングを失うぞ」
蓮さんは私の肩を押して、言葉を遮った。質問しすぎたのだろうか。
とにかく機嫌があまり良くないようなので、私は彼の言うとおり鈴菜の家へ向かった。
◇
「あ、菫ちゃん!」
「また会ったね、鈴菜」
通り道で待ち伏せしていたのは私なんだけど、そのことは伏せた。あまりにも胡散臭い登場の仕方だっただろうかと心配になったが、鈴菜は全く気にかけていないようだ。
なんとか彼女の自宅にお邪魔したいということを伝えると、鈴菜は二つ返事で了承してくれた。
「うちの親はまだ帰ってきてないみたいだし、遠慮しないで上がって!」
「お邪魔します」
五十嵐家はそこそこ広い家にも関わらず、うちみたいに使用人はいなかった。部屋は綺麗で、けれど生活感の溢れている温かい家だ。
私は鈴菜の自室に通されて、今日出されたばかりの課題をしたり、お菓子を食べたりした。そのおかげか私にあった緊張感はすぐに解れ、蓮さんに言われたこともすっかり忘れていた。
「そろそろ二人とも帰ってくるんだけど、今日はうちで夕飯食べていかない?」
「え? でも……」
以前受けた父様の忠告を思い出す。五十嵐家にはお邪魔しないようにとのことだったが——今ではその言葉を信じていいのかも疑わしい状況だ。彼の言葉に抗うかのように、私は鈴菜の誘いを受けた。
***
もうすぐ夏休みですねー