複雑・ファジー小説
- 『“私”を見つけて』24 ( No.38 )
- 日時: 2014/08/10 17:33
- 名前: マヒロ ◆eRcsbwzWZk (ID: g2Ez2oFh)
最初に口を開いたのは、一番冷静な養父だった。いつも以上に深く刻まれている眉間の皺を見て、やはりこの人も少なからずダメージを受けているのだとわかった。
「……全てを思い出したのか、菫」
「はい。もうこれ以上、何も知らずにお世話になることはできません」
養父は肩を落とし、私の知らない過去を話し始めた——
◇(※ナレーター視点)
キイィィィッ——!!
大きなブレーキ音を立てて、大型の車が少女の身体にぶつかる。彼女の小さな身体とウサギのぬいぐるみが、ふわりと浮き上がってあっという間に地面に倒れた。まるで一瞬の出来事だった。
周りの人々は皆その光景に目を丸め、野次馬が次々と来て人だかりができた。彼女の家族は泣きながら彼女の名前を呼んだ。
『おねえちゃん! 起きてよおねえちゃんッ!!』
『菫ッ!!』
『菫っ……誰か、救急車を呼べ!』
しばらくすると救急車がサイレンを鳴らし、血まみれの彼女を連れていった。
——その後、彼女は一命を取り留めた。しかし脳に多大なダメージがあり、何週間も寝込んでいたある日。
『お久しぶりです、五十嵐さん』
『一之宮代表!? 何故ここに……』
『いえ、五十嵐さんが困っていると聞きつけたので……少し、取引をしようかと思いまして』
少女の入院している病院に現れたのは一之宮浩樹。少女の父親が経営している会社の取引先である大企業の代表取締役だった。
だが五十嵐と一之宮は困っているときに協力し合うまで深い仲ではない。だから五十嵐は突然の一之宮の訪問に、警戒心を隠すことができなかった。
『君の会社は、少しばかり借金を抱えているようですね?』
『っ……はい』
『その借金の返済と、その後の資金をこちらから出したいのですが……それには条件がありまして。聞いていただけますか?』
五十嵐は頷くほかなかった。一之宮は“少しばかり”の借金と言ったが、実態は全く違う。娘の手術費用の数倍もある多大な借金があった。
五十嵐の会社が潰れるのも時間の問題だ。こんな問題を抱えていれば、一之宮の申し出は有難いもの——否、有難いなんて言葉じゃ言い表せないくらい幸運なことだった。
『条件は一つだけ……お宅の菫さんを、養子として引き取りたいのです』
一之宮は引き取りたいなどと優しい言い方をしているが、これは立派な人身売買だった。人身売買なんてあからさまな名称をつけられないために、養子として引き取ると言い出したのだろう。
でも五十嵐は、はいと返事ができるほど冷酷ではない。なんたって目の前の人物は、自分の子を借金のために売れというのだ。
『このまま借金を抱えていても、時期に会社は潰れてしまいます。四人で貧しく肩身の狭い生活を送るのと、私の出した条件を飲んで菫さんもあなた方も平和な暮らしをしていくのと、どちらがあなた方にとって良いことなのか……わかりますよね?』
一之宮にとどめの一言を言われてしまえば、五十嵐は頭を下げて条件をのんだ。心の奥で、娘に何度も何度も謝りながら。
そして神は彼等に味方したのか、少女も記憶を失っていた。こうしてこの十年間、一之宮家と五十嵐家は共に重大な秘密を隠し続けてこられたのだ。