複雑・ファジー小説
- 『“私”を見つけて』25 ( No.39 )
- 日時: 2014/08/14 13:46
- 名前: マヒロ ◆eRcsbwzWZk (ID: g2Ez2oFh)
「そんな……私と菫ちゃんは、正真正銘血のつながった双子ってこと!? 娘を売るなんて、お父さんもお母さんも最低だよ!!」
鈴菜の怒号がとんだ。大きい目から大粒の涙をポロポロと出して、五十嵐夫妻を睨んでいる。一之宮夫妻も彼女の言葉に顔を俯かせていた。
私も裏でそんな取引がされていたなんてショックで、でも鈴菜のように涙は出なかった。私はまるで物のように彼等に扱われていたというのか。
「だが仕方なかったんだよ、お嬢さん。そちらは莫大な借金を抱えていたし、こちらも莫大な金を出してもいいと思うくらい子供が欲しかった」
「……何が、仕方ないんだよ」
突然言葉を発した蓮さんを、皆が見る。彼も俯いていて表情はうかがえなかったが、ただならぬ雰囲気なのはわかった。
あんなに怒りを露わにしていた鈴菜だって口を閉ざしたし、私の思考も途中だというのに停止してしまった。
「あんたにだって子供がいただろ、オーストラリア人の女性との間に生まれた子供が…! アイリスという名前を覚えていないとは言わせないぞ!」
「まさか、お前はアイリスの…!? ……生きていたんだな。菫を使って復讐か?」
「——そうだよ、このことが世間に露見すれば一之宮財閥は大きな打撃を受けるはずだ!」
こんなに感情的な蓮さんを見たのは初めてのことで、みな彼をただ見つめている。私はといえば、ようやく彼の目的を理解できた。ずっと、父親への復讐のためにこの人は動いてきたんだ。
しかし彼の父親は復讐すると豪語した蓮さんに臆することもなく、淡々と話していた。
「子供のようなことを……。まあ、お前の気が済むならそれもいいかもしれないな」
「あなたッ!」
隣にいる夫人がついに悲鳴をあげた。彼の言葉は自暴自棄にも聞こえた、当たり前の反応だ。
彼は自分の妻を制止して、言葉を続けた。
「私はあと三年弱で亡くなる。それまでになんとか後継ぎをつくろうと頑張ったつもりだが……成長していく菫を見ていたらたった十六歳で政略結婚しろなど言えなくなってしまった。お前がいるなら、最初からお前を後継ぎに選択していればよかったものを……先が短いからといって焦りすぎていたのだな」
夫人と蓮さんがヒュッと息を呑んだのがわかった。私も初耳だ。その場の人間が皆、衝撃的な事実に思考を停止していた。
蓮さんのほうを見ていた養父は次に私に頭を下げた。
「菫、お前が望むのであれば離縁しよう。生活費も支援してやる、だからもう自由に生きなさい。これまで私の我儘に付き合ってくれてありがとう」
「ッお前ふざけ——」
私は怒りで頭に血が上った蓮さんを押さえた。彼は何故だと言わんばかりに私を睨みつける。憎しみしかない彼を説得するのは無理だ。私は養父に向かって頭を下げた。
「私も、今まで育ててくださってありがとうございました」
「——本当にすまなかった!!!」
話に一段落ついたと思ったのか、唐突に五十嵐夫妻はガタガタと震えて土下座をしていた。私の片割れである鈴菜はその両親を信じられないというように見つめていた。
彼等は謝罪の言葉を嗚咽と共に吐いていた。幼少期は温かくいい両親だったが、今の姿は哀れという外ないだろう。
醜い五十嵐夫妻から目を外し、私は一之宮夫妻に向かって言葉を続けた。
「……しかし、私は生みの親が誰であろうと離縁するつもりはありません。これからもお世話になります。お父様、お母様」
この十年間、私を立派に育ててくれたのは他でもないこのお二人だ。血が繋がっていようといまいと私たちが家族であることに変わりはない。
これまで血の繋がりを気にしていた私が馬鹿みたいだと、そう思い直したのだった。
***
次が最終話です。