複雑・ファジー小説
- 『“私”を見つけて』26 ( No.40 )
- 日時: 2014/08/19 11:25
- 名前: マヒロ ◆eRcsbwzWZk (ID: g2Ez2oFh)
三年の月日が経ち——結局、私たちは今まで通りの生活を続けていた。あの件があってから卒業まで、鈴菜とは一切話さなかった。彼女が進学したのか就職したのかさえ知らない。
蓮さんは一之宮家への復讐が目的だったみたいだけど、三年経った今も唯一の痴態といえる戸籍騒動については口外しなかった。もう復讐の意志はないようだ。
そしていつの間に話し合ったのか、父と蓮さんは事件後すぐにアイリスさんの墓参りに行っていた。家族三人揃って、色々と話したらしい。
私はといえば国立の四年制大学に通って法学を学んでいる。蓮さんは私に近づくために教師になっただけだからとその職を辞め、今は一之宮財閥の社員として働いている。
平和な日々がまた訪れていた。——しかしその幸せは長くは続かなかった。
「うっ……」
「あなた!!」
父が倒れたのだ。そういえば、と三年前にあの教室で言われたことを思い出す。彼は言っていた、自分は三年弱で亡くなると。でもあまりにもそれは早すぎた。
胸を押さえた父を私が支え、母が救急車を呼んだ。病院に搬送された父はそれはそれは顔色が悪く、死を近く感じた。医者も、もうすぐ亡くなってしまうと私たちに告げた。
母が泣いて父の手を握っている間に、私は蓮さんに急いで連絡した。
「父さん!!」
蓮さんが勢いよく病室に入った。それと共に父は小さく呻いた。私も蓮さんも母も、父の近くに顔を寄せる。
「ぃ……、ぁ、がと……」
「私こそ、ありがとうっ」
「かい、しゃ……たのむ、蓮……」
「!!」
蓮さんは驚きながらも大袈裟に頷く。彼は俯いていて、表情はわからなかった。
私たちの近くには医者や看護師もいて、男の医師がもうすぐお別れだと私たちに伝えた。そんなのわかってる、父の浅い息と掠れた声がこんなにも切ないんだから。
「……父さん、会社は俺が継ぐ。あんたが築き上げたものを無駄にはしない」
「蓮……菫……小梅……しあ、わせに……」
「うん、うん……っ」
「父さんも、あっちの母さんと楽しく過ごせよ」
ピーという機械音が鳴って、医者が父の死を知らせた。母は泣き叫んでいたけど、私は不思議とスッキリしていた。
父は穏やかな顔で逝ったのだ。まるで色んなしがらみが取れたように。
それでも悲しいという感情は溢れて、私も一筋の涙を流した。
“一之宮浩樹 享年:五十九歳”
蓮さんも唯一の父を失ったショックで私と同じように涙を流していた。私が初めて見た彼の涙はとても痛々しく、私はそっと彼の手を握った。