複雑・ファジー小説

『“私”を見つけて』04 ( No.5 )
日時: 2014/04/22 17:52
名前: マヒロ ◆eRcsbwzWZk (ID: g2Ez2oFh)

 教室には私と蓮さんの二人きりになる。彼は相変わらず胡散臭い笑顔を貼って、口を開いた。

「こんな時間まで居残りなんて真面目なんだな、菫さん」
「何ですか、わざわざ嘘までついて」
「少し聞きたいことがあってな。彼女——五十嵐さんとは、いつから仲が良いんだ?」

 私は意外な質問に驚いた。記憶探しの件に関係のある話なのかと彼の目を見つめたが、何も読み取れない。
 関係あろうがなかろうが隠すほどのことでもないので、素直に質問に答えた。

「入学式からです。席が隣だったので、それがきっかけで」
「じゃあこの高校に入学してから知り合ったのか?」
「はい。多分中学までは廊下ですれ違ったりしていたんでしょうけど……」

 何故そんなことを? そう聞くと、三宅先生は曖昧な笑みを浮かべた。言うつもりがないんだろう、少し間が空いてから話を切り替えられた。

「そんなことより、せっかく仲良くなったんだから“三宅先生”って呼ぶのは他人行儀だと思わないか?」
「そんなこと思いませんけど」
「せめて二人で話をするときには先生って呼ばないで……そうだな、“蓮さん”って呼んでくれよ」

 余計彼の考えていることがわからなくなった。なんなら“三宅さん”と呼ぶだけで十分ではないのか。わざわざ名前で呼ばなければならないのか。

「必要性を感じないので却下です」
「あ、その敬語も外して。記憶探しなんていつ終わるかわからないんだ、ついでに仲良くしようじゃないか」
「……記憶探しの期限は決まっています。あなたがこの学校に赴任している期間だけです」
「じゃあ千葉先生が帰ってくる年明けまでってことか? 一年もないじゃないか。それだけの期間で記憶探しをしようって? それは甘いんじゃないか、菫さん。本当は君、記憶なんて探したくないんだろう」

 最後の問いは、確信めいたものだった。何故こうもこの教師は他人のことがわかるのだろうか。
 実は記憶探しの話を持ち掛けられたときに、私は迷っていた。何故かとても嫌な予感がするのだ。記憶をなくす前の私が思い出してと叫んでいても、もう一人の誰かが全てを思い出すなと叫んでいるようで、思い出すのが、怖い。もしかしたら思い出さなくてもいいような嫌な記憶なのかもしれない。

「……意地悪しすぎたか。まあ、当人である君がそう言うなら俺は無理矢理続けることなんて出来ない。でも忘れないでくれよ? 君が他人に知られたくない情報を俺は持っていて、今はその情報を学園中に流せる立場なんだから」
「っ、脅しですか!?」
「いいや、そんなつもりはない。ただ、俺は君と仲良くなりたいだけだ。これからの為にも、な?」
「……わかったよ、蓮さん」
「うん、いい子いい子。賢い子は好きだぞ」

 蓮さんは満足げに私の頭を撫でた。
 そこで私は気付いた。私に最初から選択肢は存在しなかったのではないかと。私が記憶探しを断ったとしても、彼は今やったように私を脅して強制的に参加させるつもりだったのではなかろうか。ただ、そこまでして他人の記憶探しをする理由はわからない。彼はまだ私に話していない、重要な秘密があるのでは——と私は悟った。

***
静かーに物語が進んでおります;