複雑・ファジー小説
- Re: 【4/20更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.2 )
- 日時: 2014/04/24 08:55
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: gfjj6X5m)
「いきなり神様だなんて言っても信じられませんか?」
非現実的で、幻想的な空間に立ち入ったために呆然として我をなくしている俺の様子に、小さな神様は心配になったようだ。だが、今までに何度も人々の前に現れて、同じように願いを叶えてきたのだろう。自らの正体を疑われることには慣れっこといった感じで、自分よりも願いにすがる人間、すなわち俺を気にかけて心配しているようだ。なぜなら、俺が願う通りの事はおそらく彼女の力なしには叶えられないものなのだから。
神の存在を信じられませんかという彼女の問いに、俺は丁寧に頭を横にふって否定する。そうすると彼女は、それならば良かったと明るい笑顔を咲かせた。いつの間にか真夏の暑苦しさは消えて、まるで春のような陽気な暖かさが場を満たしている。
「ですよね。でないと私はあなたの前に現れてはいませんから」
それでは、あなたの願いを叶えましょう。単刀直入に神様は本題にはいる。胸に手を当てて、縁結びの事なら全て私にお任せくださいと意気込んでいる。自信と威厳に満ちたその様子から、容姿とは比べ物にならないほど長い年月を、迷える人々の支えとして存在してきた日々が感じ取れる。
「願いのことなんだけど……」
いざ頼もうとしたその瞬間に、俺は咄嗟に口ごもってしまった。元々、何とかしてくれよと形のない何かにすがりつくように祈っただけなので、自分が何を願おうとしているのか、具体的な形が掴めていなかった。ただ今の状況は駄目だ、何とかしないといけない、何とかしたいと思っていただけだ。どうしたい、というのはまるで考えていなかった。
恵子さんと……。そこまで口にしたは良いが、その先の言葉が紡げなかった。結ばれたい、そう願おうとした。けれども、その強い感情を、より一層強固な理性が押さえつけていた。社長の苦い表情が閉じた瞼の裏側に浮かんでくる。そうしてやりたいのはやまやまだが……恩人の、哀しそうで、申し訳なさそうな声音が耳の中にまだ貼り付いていた。社長よりも、俺の方が申し訳なく感じないといけないのに。こんな事で心を煩わせてしまっているのだから。
「恵子さん? その方と結ばれたいのですね? それなら御安い御用です」
胸を張って彼女は宣言したが、俺は片手の掌を見せてそれを制した。そうじゃない。弱々しい声で否定すると、神様は目を本の少し見開いた。
「破局させてほしいんだ。と言っても、付き合ってすらいないんだけど……」
そう、俺とあの人が結ばれてはいけない。だけど、そんな事に諦めがつけられなくて、でも諦めないといけなくて。欲求と現実の狭間で囚われてしまっている自分に区切りが欲しくて、手に入れられるものを捨てる踏ん切りが欲しくて。その心情を知ってか知らずか、縁結びの神様は眉根を寄せた。と言っても、怒っているようには見えない。憂いを帯びている、というのが相応しいだろうか。
「申し訳ありません。私、縁を結ぶことが専門でして、縁をきるのは……」
どうやら、力不足を嘆いて曇った表情になっていたようだ。どうすれば自分が力になれるかと、今度は顎に人差し指をあてて考えている。しばし考えた後に、彼女は閃いたのか、表情を弾けさせて胸の前で手を合わせた。パチン。強く叩き合わせた両の掌から小気味良い音が鳴る。
「今までこんな相談を受けたことはありません。なので、他に解決法を探すためにもあなた方の背景を知りたいと思います」
そう言うやいなや、彼女は白衣の袂に手を突っ込んで、ごそごそと内部を漁った。チリンチャランと、様々な鈴の音が鳴る。ぐるぐると着物の中を引っ掻き回して、ようやく目当ての代物を掴んだようだ。神様が袂から腕を引っ張り出すと、その手の中には小さな鈴が握られていた。真っ青なのだけれど、半透明に透き通った不思議な鈴。
「この鈴は時渡りの神様お手製のものです。あなたの記憶を道しるべとして、過去の出来事を映写することができます」
元々止める気もなかったが、彼女は俺の返事を待とうともせずに、その鈴を二回ふった。チリリンチリリン、今まで聴いたものよりも、一際高い鈴の音が響き渡る。境内から見る、月明かりに照らされた広場の様子はガラッとその様相を変えて、社長室の光景を写し出した。
そこに立っていたのは、俺と社長の二人。おそらく、今日の昼下がりのあの出来事なのだろうなと判断できた。だからだろうか、俺の胸には針のようなものがひっかかったような感覚なのは。その二人きりの部屋の中に、突然恵子さんが姿を見せる。やはり、あの時間の光景なのだと俺は直感した。恵子さんから想いを告げられる、あの瞬間だと。