複雑・ファジー小説

Re: 【4/24更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.3 )
日時: 2014/04/26 23:03
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hFRVdxb.)


「恵子も来たか。今から二人に話さなければならない事がある」

 恵子さんの到着を見届けると、俺と彼女を呼び出した張本人である天道財閥の現当主、天道 武則、つまりは俺が社長と読んでいる人物が口を開いた。若い頃にラグビーをしていたため、五十となった今でも体つきは良く、ボディーガードも必要としていない。蓄えた口髭は綺麗に切り揃えられているというのは、朝の手入れをよく見かけるので知っている。
 待ち時間の間に一服していた煙草の火を消し、社長は真剣な表情になった。しかし恵子さんは煙草を一瞥し、そのままじろりと社長を睨み付ける。もう若くないのだからいい加減に煙草をやめろと、恵子さんと新しい奥様は常日頃からおっしゃっている。
 何とかという、到底俺には縁のない高級なスーツを身に纏っているが、首もとには安物のネクタイが覗いている。その昔、初めての給料で恵子さんがプレゼントしたものだ。それを律儀に、というよりも積極的に着用している辺りから親バカの気が疑われる。事実そうなのだが。

「前々から話は来ていたのだが、恵子の縁談がほとんど決まった。今度会食の機会を設けようと思っている」

 かなり前の時期から、この財閥と負けず劣らずの規模のグループの御曹司から、半分政略的な結婚を申し込まれていた。いや、正確には御曹司がではなく、その父親からだ。ある席で社長に付き添ってパーティーに出た恵子さんを見たグループの今の会長が、恵子さんこそ息子の嫁に相応しいと思ったようだ。事実恵子さんは亡くなられた母親に似てとても美しく、相手の男性も眉目秀麗だという噂だ。

「おめでとうございます」

 何でもないような顔をして、満面の笑みで目の前に映された俺は縁談を祝福した。自分で見直してみると、自分のことのように嬉しそうにしている。我ながら、作り笑顔が得意なものだと感嘆する。なぜなら今まさに、胸の中がざわついて荒れ狂っているのだから。
 喜び半分、申し訳なさ半分、俺の事も彼女の事も全部理解している社長は、呟くようにありがとうと返してくれた。しかし、恵子さん自身はその唐突な決定に対して拒絶をいかんなく見せつけていた。

「絶対に嫌、向こうだって私の事を知らないのよ。そんな簡単に親同士で決めつけないで」

 普段は社長に反抗する事など滅多にない彼女だが、流石にこればかりは黙ってはいられなかったようだ。かつてないくらいの勢いで父親に噛みつき、まだ見ぬ縁談相手にすらも敵意を剥き出しにしている。
 それも仕方ない話だ、恵子さんはまだまだ若い二十三歳、恋愛だってまだしたいだろうし、生涯の伴侶なら慎重に決めたいはずだ。怒りをぶつける恵子さんから目をそらし、壁にかかった絵を眺める。そこに描かれているのは、恵子さんの本当のお母さんの姿。

「私だって、好きな人くらい……」
「知っている。だが、仕方ないのだ……」

 社長は苦しそうに唇を噛んだ。そんな中、その時の俺はと言うと、ばか正直に狼狽えていた。恵子さんの縁談を馬鹿みたいに正面から喜んで、自分がどんな風に考えてるかなんて押し殺して。

「我々の財閥と業務上の提携をしているグループの会長たっての希望だ。正直、ここでへそを曲げられてはたまらない。というよりも、それを盾に取られている」

 この商談が破談となれば、天道財閥の損害は大きい。そのため、断るに断りきれないのだ。相手もかなりいい人だと聞くので恵子さんにも良い縁だと思うのだが、固い表情で頑として首を縦にふろうとはしなかった。
 何を迷う事があるのですか、素晴らしい話じゃないですか。空気を読んでか読まずか、それしか言えない俺は作り笑顔でそう言い放つ。その途端、恵子さんはさっと眉根を寄せて俺の方を睨み付けた。数時間前の俺は、その剣幕に怯えてたじろいだ。

「それ、狙って言ってるの? それとも馬鹿なの?」

 我ながら、いきなり馬鹿と罵られてよく怒らなかったなと感心する。だが、考え直してみるとこの瞬間の心情は蛇に睨まれた蛙に他ならなかった。そりゃあ、怒ることなんてできないだろう。

「何の事でしょう?」

 余計に相手の機嫌を損ねると理解していても、そう尋ねるしかなかった。今度はどう怒鳴られるのか、びくびくしながらそれを表に出さずに様子を窺っていたのだが、恵子さんはそれ以上激昂することはなかった。眉を八の字にして、瞳が少し潤んでいる。

「だから、私が好きなのはーーーー」
「恵子、もう引きなさい」
「嫌よ、これだけは自分で言う。私は高校の時からずっとあなたが好きなの、分かった?」

 声音こそ疑問形だが、こちらの返答を聞くつもりなどさらさらないようで、踵を返して社長室から立ち去る。去り際に、盛大に音をたててドアを叩きつけた。耳に痛いほど、ドアの悲鳴が響き渡る。
 恵子さんから好意を告げられて、俺は戸惑っていた。なぜならそんなことある訳ないと断定していたからだ。伝えられた想いが納得できないまま社長の方を見ると、頭を抱えている。
 そうだ、この瞬間に俺は気付いたんだ。告げられた言葉が真実だということに。肩を落としている俺に、ずっと黙っていた神様が話しかけてきた。

「なるほど、色々あるんですね。これだけじゃ分からないので今度は高校時代も見せてもらいますね」

 そう言って彼女は、例の不思議な鈴を鳴らした。音が反響せずに響き渡る様子に、ここはただの神社の境内だと思い出す。社長室の壁に反響せず、どこか遠くへと響き渡る。
 次に映し出されたのは、懐かしき高校時代の教室だったーーーー。