複雑・ファジー小説

Re: 【4/26更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.4 )
日時: 2014/05/12 08:36
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: jEJlOpHx)

 どの学年の時の風景だろうか。教壇が高めなのが特徴なので、高校の教室には間違いないのだけれど。ぐるりと一周見渡すと、花壇に綺麗な花が咲いているのが見えた。そう言えば、二年生の時の担任の女性教師は花屋の娘でいつも花をせっせと世話していたような記憶がある。
 正面にかかっている時計に目をやるとまだ七時にもなっていない。朝陽が射し込む教室には生徒は一人としていなかった。このままだと時間がかかりますねと呟いて、神様は親指と人差し指で紐を摘まんでいる鈴を中指で弾いて少しだけ鳴らさせた。
 途端に時間が早送りされるように、ぐるぐると教室の時計の針がスピーディーに回る。早送りまでできるとは、便利な鈴だなぁと俺は感嘆する。流石は神様の秘密道具というべきか。すごいスピードで時が動き、数々の生徒が雪崩れ込むように教室内の空間を満たした。俺にぶつかりそうになったけれど、その実体はそこにないので、体の内側をするりとすり抜けられる。
 一つだけ、空いている座席があった。一番後ろの一番端の席、左隣には俺が座っている席だ。早送りをやめて一倍速に戻すと、高校時代の俺の声が聞こえてきた。普段聞いているのと、ほんの少しだけ違った声だった。

「夏休み前はここに席なかったよな?」

 半袖で、下敷きを内輪がわりにパタパタとふりながら、クラスの友達と談笑している。八月が終わり九月に入っても、葉月と大して変わらない暑気が猛威をふるっていた。

「転校生でもくるんじゃねぇの? 隣の席なんだったら仲良くしてやれよ」

 音を立てて扉が開くと先生が入ってきた。俺たちの卒業と同時に隣の県の学校に転任したらしい、女の先生だ。この時はまだ大学を出たばかりで、大層若々しい。今では二児の母らしく、同窓会で会った時は既に母親らしい雰囲気を身にまとっていた。
 一学期も乗り越えていたので、もう既に教室内をなだめるのはお手のものだ。全員を席につかせて静かにさせると、転校生がきたと端的に告げる。部屋全体から反応が返ってきて、たちまち静まったばかりの教室は再び騒がしくなった。

「みんな落ち着いて。じゃあ、天道さん入ってきて」

 開いたままの扉から入ってきたのが恵子さんだった。背筋を伸ばした美しい姿勢で優美に歩くその様子には、どこかのお嬢様のような空気が感じられた。事実お嬢様なのだけれど。

「天道 恵子と申します。皆様よろしくお願いします」

 きっちりと腰を九十度に曲げてお辞儀する。何でそんなに生真面目にしてるんだと言及する者は一人もいなくて、皆がその雅な所作に呑まれていた。取り立てて美人ではないが、それでもどちらかと言えば、可愛い方だと思う。まあ、俺の中ではそこからさらに恋愛感情による補正が入っているのだけど。
 先生が俺の隣の空席を示して、そこに座るように命じる。頷いた彼女は静かに足を進めて俺のすぐ近くまで歩み寄った。机の上に鞄を置くと、柔らかく微笑んで話しかけてきた。

「よろしくね」
「うん、よろしく」

 これが、俺と恵子さんが初めて出会った日だった。