複雑・ファジー小説

Re: 【5/3更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.5 )
日時: 2014/05/10 09:00
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 7A24XzKU)

 恵子さんの笑顔と、俺たちの最初の接触を見届けると、神様はチリンチリンとまた鈴の音を響かせた。その瞬間、もう一度早送りが始まる。これじゃあまだ分かりませんねえ、そう呟いて首をかしげている。
 俺の卒業式の翌日に向かってみなよ。悩む彼女に俺はそう告げた。正直、俺としてはもうあの日の事は思い出したくはないのだけれど。
 時間が流れ、場所も変わり、歳月は映る。舞台は、真っ暗やみの中の住宅街。家一軒一軒の隙間も小さく、かなり密集してしまっている。こんな所だからあんな事件が起きたのだけれど。
 確か事件が起きたのは、午前二時すぎ。草木も眠る、丑三つ時というやつだ。道を歩く人も中々いなくて、寝静まったコンクリートの巣窟は、誰も何も言わないから静まりかえっていた。等間隔に並べられた街灯が優しくその場を包み込んでいる。

「そういえば、どうしてあなたはそんなにも社長や恵子さんに恩義を感じているのですか?」

 唐突に、神様は不思議そうな表情で尋ねてきた。自分の気持ちを押し殺してまで、好きな人と結ばれるチャンスを放棄する理由は並々ならないものだと思っているのだろう。きっと、今までこの神様は全てを捨ててまで恋愛を成就させたい人の願いだって叶えたはずだ。だからこそ、破局を願う俺が異端者のように映っているのだろう。
 この風景を見ていたら分かるよ。俺はそう言って口をつぐんだ。自分が経験してきた人生の中で、もっとも辛い時間が今から始まるからだ。全てを失って、新しい居場所を手に入れたあの時、俺は多分この時を一生忘れることはないだろう。


「多分、恵子さんがいなかったら俺は野たれ死んでたよ」

 そんな強烈な言葉を耳にして、神様は目を丸くした。神様なのに、ところどころ外見通り幼いしぐさになるのが、何だか可笑しかった。今なら、この日の事ももっと楽観的に見れるかもしれない。
 夜の夕闇を、ゆっくりめの早送りを続けていくと、たちまち異変が暗闇の中で起こった。いや、熾ったと言うべきだろうか。
 さきほどまで静まり返ってきた町の中で、不意に真っ赤な粒がぷっくりと生まれた。我が家の隣の家から火が出たのだ。煙草の消し忘れか何かだったと思う。それの火を充分に消さないままにゴミ箱に入れて、不注意にもその家の主が眠ってしまったのが火種だった。
 話によると、この日その主人は友人たちと呑みに行っていたようで、泥酔して帰ったらしい。そのため、そんな所にまで気が回らなかったのだろうと言うのが消防隊の見解だ。だが、真相はもう誰にも分からない。元凶となる人物もまとめて、灰の中に消えてしまったのだから。
 三倍速くらいで再生しているため、すぐさまその日は大きくなった。屑籠の中には紙ごみがいっぱいで、煙草の火はそちらに燃え移り、さらにそこから絨毯へ、家じゅうに広がった時には、もう手遅れだったらしい。一回で炎は燻ぶり続けて、庭の方へと広がる。二階には火が行かなかったが、そのせいで二階で眠っていた人は気付かなかった。そして、妻や子供たちは一酸化炭素中毒で亡くなっているのが発見された。
 悲しい事件はそれだけにとどまらない。庭に燃え広がったその炎は、ブロック塀を乗り越えて、隣の家へと燃え広がる。そう、俺の家だった場所にだ。

「えっ、ちょっとこれ……」

 ようやく、何が起こるのか分かったのだろう。隣の神様は息をのんだ。さっきまで明るく笑っていたのが一転、何を伝えれば良いのか分からないと言わんばかりに動揺している。

「あなたは、大丈夫だったんですか?」

 なんとかね。力ない声で俺はそう答えた。
 この日俺は卒業した記念に、友達の家に泊まりがけで遊びに行っていた。そのため、消防隊が全部を終わらせた後に、ようやく何が起こったのかを電話で伝えられたのだ。
 家が全焼した。その知らせを聞いた俺は、はやる思いと荒れ狂う心臓を意識しないためにも、全力で自宅へと走った。家はもうどこにもなくて、灰にまみれた土地だけがそこにぽつりと残っていた。父さんや母さんは一体どこに行ったのか。その答えは簡単で、体はすぐ近くにあったけれど、中身の方は違う世界に行ってしまっていた。
 火事で、住む所も家族も失い、俺の人生はそこで一度死んでしまったのだ。

「よく立ち直れましたね……」

 何が適切な返答か分からない神様は、無理やり押し出すようにそう声をかけてくれた。新しい家族ができたから。極力、明るい声を作ろうとしたけれど、ちょっと涙ぐんでしまっていた。
 目の前では、膝を地につけて涙をぼろぼろと流している当時の自分がまばたきも忘れてじっとしていたのだから。何が起こったのか分かっていても認めたくなくて、大事なもの全部が燃え尽きてしまったショックに、自分の魂までも殺されてしまったような気がして。

「次の日に、社長に拾われたんだ」

 飼い主は恵子さんなんだけれど。これまでの暗い雰囲気を覆すため、冗談めかしてみたけれど、神様はやっぱり神様で、そういうのも見抜いている。思慮深い目でこちらを見つめて、ここはその明るさに同調しておいた方が俺のためだと思ったのか「犬じゃないんですから」と顔をほころばせた。