複雑・ファジー小説
- Re: 【5/10更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.6 )
- 日時: 2014/05/13 12:17
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: yVTfy7yq)
そこからは、もう鈴の音を鳴らすような事もなく、それからの経緯を神様に伝えた。次の日、何をすれば良いのか分からず、意識はあるはずなのに何も考えていないような俺に、友達が何人も励ましに来てくれた。野次馬根性丸出しの奴もいたけれど、そういう奴はやってきてすぐに態度を改めた。そんなふざけた事はできやしないと、俺の顔色から察したのだろう。
元気出せよ、そんな風に皆が言ってくれたことは覚えている。ただ、そう言われれば言われるほど、我が身の上に不幸が訪れた事が肯定されていくようで、何だかやりきれなかった。
悪い夢を見ていると信じたかったのに、友達の思いやりがその唯一の逃げ道もボロボロにしていた。優しさは、気づかないうちに刃になっていたと、その切っ先を突きつけられた俺だけが知っていた。
夕日は西の空に沈みはじめ、空が炎のような深紅に染まると、何だか前日の炎を思い出して吐き気がしたのはよく覚えている。けれど、いくら吐き気がしても、胃のなかには何もないから吐き出すこともできなかった。
やりきれなさも、悲しさも吐き出せずに体の中にどんどん溜まっていって、今にも体と心が破裂しそうだった。
そんな時に、その日最後の来訪者があったのだ。恵子さんと四十半ばの男性の二人組。当時は若き専務だったのだが、後に社長となる恵子さんの父親だった。
「この子が、例の?」
今よりも若き日の社長は、いやつまりは当時の専務は、俺を手で指し示して恵子さんにそう尋ねた。そうだよと恵子さんは答えたけれど、当時の俺にとっては二人が何の話をしようとしているのかさっぱり分からないし、考えようともしていなかった。
そんな風に落ち込んでいた上に、労るような言葉はもういっぱいいっぱいになってしまっていたため、その後の手厳しい恵子さんの言葉は深く俺の心を抉ったけれど、とても胸に響いた。
「伸二君ってさー、今行くあてないよね?」
「おい。少しは言葉を選びなさい」
そんな感じで、いきなりずけずけと行くあてがないと断言してきた恵子さんに、俺は目を見開いていた。これまで、心配してやってきた友達は皆自分を腫れ物のように扱っていたのに、彼女だけは違っていた。そんな言葉だけじゃ何の助けにもならない。そう思って恵子さんは、端的に当時の状況を突き付けた。
咄嗟に父親がたしなめるも、彼女は自分なりの考えを持って行動しているため、止まらない。むしろ、自分から止めようとしてくる親を制したくらいだ。
「ところで、何で私まで連れてきたんだ?」
どうやら、専務の言葉遣いから察するに事情を説明されずに恵子さんに連れてこられたようだ。娘は確かに友人のようだが、なぜ自分が見ず知らずの少年のもとへ連れてこられたのか、分かっていないようであった。無理矢理恵子さんに連れてこられたようで、状況が掴みきれていない。
「お父さん、この前お爺ちゃんからそろそろ世代交代って言われてたよね?」
「ああ。さすがにあの人ももう歳だからな。早めに一線から退こうとしているみたいだ」
正直、この時二人がどんな会話をしていたのかは俺はよく覚えていない。後に、あの時どのような経緯で社長に雇われたのかをもう一度社長に聞いてみた。その時にこの顛末を教えてもらったのだ。あの時は、そんな事など何一つ耳に入っていなかったのだから。恵子さんに告げられた、家族の死を受け入れようと、それだけで精一杯だったから。
その時に、俺の知らない所で話が進んでいたらしい。自分にとっては、ついさっきまで呆然とお通夜の準備を見ていたはずなのに、気付いた時には専務の車に乗っていてひどく驚いた。驚いたといっても、それを表現するほどのバイタリティーは無かったから外から見たら変わらないのだろうけど。
お通夜は、お爺ちゃんお婆ちゃんが準備してくれていたので、どのみち俺がいなくても、いない方がスムーズに進んだようだ。
そして、恵子さん親子の会話はというと、このようなものだったらしい。
「秘書がもう一人欲しいって言ってたよね。伸二くんを雇わない? 住み込みで」
「いきなり何を馬鹿なことを言っているんだ、無理に決まっているだろう」
「良いじゃない。伸二君、大学落ちたけど一応東大文系志望だし頭良いよ。手先も器用だし、要領も良いからすぐに戦力になるって」
「いや、即戦力を雇う方が早いだろう」
「固いこと言わない言わない。数少ない高校での友達なんだよ。私と一番仲良くしてくれたんだよ。恩返ししたいんだ」
「だから、お前の一存で決めることじゃ……」
「何なら私の使用人でも良いよ。由紀さん今度結婚するからやめちゃうじゃん。家事はできるみたいだから後釜だって」
昔から親バカの気のあった社長なので、じわりじわりと恵子さんに押しきられた様子がありありと想像できた。恵子さんには兄が二人いるが、女の子は彼女が初めてだったのもあってかなり甘い父親なのだ。
それに、高校で友達の少なかった恵子さんと、唯一親しくしていたのが俺だった。単純に俺は知らなかっただけなのだが、他の皆は恵子さんが大きな企業の息女だと知っていて、知らず知らずのうちに距離を置いていたらしい。
そのため、同性のクラスメイトを差し置いて、彼女の仲では俺が最も仲のよい人物だったらしい。しかも、今日の告白を聞く限り、いつの間にか好意にも変わっていたようだ。
「という訳でだ。今度から君にはうちで働いてもらう。勉強がしたいならその合間になるが構わないかね?」
結局、俺の知らない所で社長は恵子さんに言いくるめられて俺が働くことを認可。身の周りが落ち着いたら労働が始まることになった。俺としては異論はなかったけれど、お爺ちゃんお婆ちゃんは猛反対した。
しかし、もう年金生活の始まった二人にも金銭の援助は頼めないので、きちんと勉強して大学に通うことを条件として二人を納得させた。ただし、東大に行くのはもう色々と無理そうだったので、恵子さんと同じ所へ通うことにした。四年制の大学に通いながら、一応学校での彼女の面倒を見る。そんな四年間だった。
恋愛が始まればほとんど彼氏に任せれば良いだろうと思っていたけれど、そんな事を考えていると胸の奥がチクチクした。思えば、いつの間にか自分も惹かれてしまっていたようだ。しかし、言い寄ってくる男は数あれど、一度たりとも彼女が交際をするような事はなかった。
二十三で大学を出ると、社長の第二秘書へと昇格した。社長から信用されていると分かり、今まで以上に奮闘すると、働きぶりがいいことと、第一秘書が定年退職することが重なり、ついには第一秘書になった。
卒業して四年、今は二十七歳。長い間恵子さんのお付き、社長の秘書として過ごしてきたが、こんな事になるなんて思ってもみなかったし、今でもあまり飲み込めていない。
どうすれば良いのかは、決めきれない。だから、神様にすがる事にしたのだ。全てを確認し終えて、事情を把握できた神様は難しい顔をしていた。もしかしたら彼女の管轄外の仕事なのだろうか。
ただ、その時はその時で、別にそれでも構わないと思っている自分に、気づいていながら俺は目を瞑っていたーーーー。