複雑・ファジー小説
- Re: 絶 ゆ る 言 の 葉 。 (祝・参照1600) ( No.11 )
- 日時: 2014/11/05 17:42
- 名前: 歩く潔癖症。 ◆4J0JiL0nYk (ID: rtyxk5/5)
title『赤いワンピース』
夜も深まった頃、彼はベランダから見える横断歩道に不気味な赤いワンピースを着た女を見つけた。
だらんと投げ出された両腕、
靴を履いてない青白い両足、
顔は街灯の明かりによりよく見えず、ただ照らし出されたその四肢がとても不気味で、
彼の好奇心は右肩上がりに跳ねた。
(なんだアイツ、すげえキモい。)
車の通りもあまりなく、小さな交差点ではあったものの、
だからかその女がとてもはっきりと彼の視界に映し出されていた。
赤いワンピースの女は微動だにしない。
彼のいるベランダから交差点まではとても距離があり、
そこまで声を出しても気付かれはしないだろう。
「おい! おいちょっと!!」
ベランダから繋がるリビングへと声をかける。
右手にカメラ機能を起動させた携帯を持ち、それでも目は交差点にいる赤いワンピースの女から離れない。
「なに?」
リビングから彼の呼び掛けに応える者がいた。
声の主はソファに横たわり携帯ゲームに集中している。
「面白いのがある!! 来いよ! マジ面白いから!! やばいんだって!!」
居なくならないうちにと、呼びかける声は自然と大きく速くなる。
彼はリビングに視線を投げた。リビングには弟が一人。
彼の呼び掛けに億劫そうに返事をし、弟は起き上がった。
「なに、どうしたの」
「女がいんだよ!」
「女?」
「そう!赤いワンピース着てて今交差点のとこに——ほら、アイツ!」
弟がベランダの外を覗き込み、彼の指す方向に目を凝らす。最初、焦点の合わなかった弟の視線が、彼と同じ方向を映し出す。
「あ。ほんとだ、なにあれ?」
「わかんねえwwなんかさっきから動かねえのwwwww」
普段見慣れない光景に笑いが止まらない。
彼の手に収まる携帯には、はっきりと 俯く青白い女が映っている。
「え、誰かと待ち合わせ?」
「なんでだよwwwwwそれならお前、ナンパしてこいよwwww」
これだけ遠慮もなく会話をしているというのに、
女は俯かせた顔を上げようとも、そこから動こうともしなかった。
本当に聴こえていないのだろう、そう分かると更に面白いことに期待をしてしまう。
女が動かないだろうかと——。
「なぁ、なんか物投げてみる?」
彼はどうしてもアクションのない赤いワンピースの女に興奮が静まりそうになっていた。
「物って、アブねえだろ。当たったらどうすんだよ」
弟がため息交じりに零す。
彼は「そうだけどさ…」と言いながら何かないか思案を巡らせた。
「んー、俺ちょっと声かけてみるわ」
弟が彼にそう提案した。
さきほど彼が言った「ナンパしてこい」を自ら実行しようというのだ。
「おお! マジか!」
興奮を抑えきれず声が裏返る。
弟は兄の興奮に感化され、右手で拳を作った。
「任せろ! 軽く口説いてってやる!!」
「任せた任せたwww俺こっからお前に電話しながら見てるわ!」
そう言って、彼はヤル気満々の弟の背を見送った。
そしてすぐさま、交差点へと視線を戻す。
暗い、道路。
辛うじて街頭により照らし出される交差点。
車両が一台、彼の視線を横切る。
しかし、なぜか其処にいるはずの赤いワンピースが、消えていた。
「……え、あれ、……どこにもいねえよな……?」
カメラを翳しながら見える範囲を映す。
赤いワンピース。すぐ目を引きつける鮮明な赤い色が、どこにも見当たらない。
『兄ちゃん?』
すぐ近くで声がした。
それは子機から漏れる弟の声だ。下を見れば、交差点へと辿り着いた弟の姿が見えた。
キョロキョロと辺りを見渡している。
『アイツ、どこにいんの?』
「……いない、みたいだ」
『いない?どこにも?』
「ああ、……そこの電柱の後とか建物の間とか見てみて」
彼の指示に応える弟の姿ははっきりと見える。
声は聞こえないが、姿はちゃんとくっきりと彼の目には見えている。
赤いワンピースの女は一体どこにいったのだろうか。
彼は小首を傾げながら、辺りを探す弟の姿を目で追っていた。
弟を見送るまでの間に目を離していた時間は、そう経ってない。
その間に、どこに行けるというのだろうか。
これ以上の探索は時間の無駄だろうと興味をの失せた彼が、
「帰って来い」と、子機から弟へ声を掛けようとしたときだった。
何かを見つけたらしい弟が、
こちらへ顔を向けながら指をさし、口をパクパクさせていた。
「————!!」
声が、聴こえない。
弟は携帯を切っているのか、興奮しながら直接こちらへと何か言っているのだ。
「なにっ? なに見つけたんだよ!?」
そう弟に声を投げても、こちらが聴こえないんじゃ意味が無い。
弟が指を指しているのは、彼からだと死角になっている方面だ。樹が邪魔してよく見えない。
彼の反応も待たず、弟は死角になっている方向へ走り出してしまった。
「あ、いつ——っ!」
何か底知れない焦りを感じ、家へ入ろうと急いで行動に移す。
カメラを起動させた携帯を片手に閉まっているガラス戸を引く。
「んだよッ、なんで開かねえんだよッ——!!」
吐く息と吸う息の感覚が浅く速くなっていく。
みっちりと閉められてるガラス戸の向こうには、見慣れた、誰も居ないリビングがある。
カーテンは開けられたまま。テレビも点いたまま。さっきまで弟が寝そべっていたソファーにはシワが寄っていた。
なのに、肝心のガラス戸は
鍵がかかっているかのように、ビクともしないのだ。
弟を見送るとき、ガラス戸を閉めた覚えなどないのに。
そのときだった。
すぐ後ろで、耳を撫でるように、形容しがたい不気味な声が聴こえた。
「————、」
彼はカメラとともに後ろを振り返った。
そこにいたのは赤いワンピース。とても青白い四肢。そして。
こちらを睨みつける黒い顔と目玉だった。