複雑・ファジー小説

Re:  絶 ゆ る 言 の 葉 。 ( No.5 )
日時: 2014/08/25 09:12
名前: 歩く潔癖症 ◆4J0JiL0nYk (ID: rtyxk5/5)

 -title【違和感】-



「ただいま。」

 おかえり、そう返ってくる声などない。分かっていながらも、日々の習慣は抜けないようだ。玄関を開けると無意識に家の奥へと投げかけていた。もちろん、誰も居ない。家はいつも暗く、静かだ。

 いつからだろうか。
 「ひとり」という時間を左程気にしなくなったのは。

 一人は寂しい。帰ってくれば真っ暗な部屋が静かに待っている。温かい空気はない。ご飯もない。人もいない。自分だけの空間。
 寂しさよりも、誰も邪魔しない空間を手に入れたんだと自分を奮い立たせれば、紛れた。

 靴を脱いで、手探りで廊下の電気を探した。指先に突起物が当たり、宮原葉月は電気をつけた。パッと瞬時に明るくなる廊下。綺麗なフローリングを無意識に想像していた。
 だが、目の前に広がる光景に息をのんだ。
 廊下の奥にはダイニングがある。その左手に進めばキッチンがある。つまりご飯を食べる場所が、扉をしきりに廊下の向こう側にあるのだ。廊下の両端にはトイレと風呂に続く扉もある。一人で住むには少し広いような気もするが、だからこそ葉月は掃除に余念がなかった。休日に大掃除をして、時間が空いたら暇つぶしに掃除をする。男の部屋としてはとても綺麗な方だ。

 それなのに、廊下を始めとして、開け放たれたダイニングまで、目を覆いたくなるほど物が散乱していた。

 何が起こったのだろうか。自分自身に問いかけたが、心当たりがない。そもそも、ここにあるはずのない自分の洋服や本、トイレットペーパーや香水の類から何故という疑問を掻きたてる要素が乱雑に置かれている。
 強盗にでも遭ったのだろうか。
 そう思うと背中がヒヤリとして心がざわついた。
 急いで物を跨ぎ部屋の奥へと走る。向かった先には自室があった。その扉をいきおいよく開け、葉月は自分の机を強く引いた。
 保管してあった銀行手帳とATMカードは、朝のままの状態で葉月の前に顔を出した。

 「……なんだよ、ほんと」

 後頭部を掻きむしって座り込む。
 スーツにしわが付くからといつも帰ってすぐ脱ぐのだが、今日はそんな余裕がなかった。
 家が荒らされていたのだ。理由は分からない。自分の部屋も例外ではなく、ベッドの上まで物で溢れかえっている。

 誰がやった。

 まずそこから疑問として浮上した。
 誰がやったのか、心当たりはない。家は、いつも出かけるときに鍵を閉めている。ついさっき鍵を取り出して玄関に挿し、開けたのを覚えている。辺りを見渡したが、ガラス戸も全て鍵が閉まっている状態だった。
 出てから帰ってくるまで、誰も家に入っていない。そんな答えを出したが、それに対しての疑問が次から次へと出てきた。答えを見つけるたびに、納得できない感情が強くなる。

 「誰だよ……母さんか? いや、あの人に住所教えてないんだけど……」

 座り込んだまま鞄から携帯を取り出す。グループから心当たりのありそうなやつに片っ端から電話を掛けた。もちろん、誰もが否定的な答えを言った。当たり前だ、誰にも合鍵というものを渡していないのだから。家族にも。

 家を飛び出して一人暮らしをし出したのは、両親への反骨精神からだった。
 必要以上に行動制限を掛けてくる両親に嫌気が差し、この田舎町に逃げてきたのだ。
 地元から離れていることもあり、知り合いは誰も居ない。話すようになった奴はいるが、食事を共にするだけでそこまで深い関係にはないっていない。

 じゃあ、誰が。

 ますます疑問の色が濃くなる。
 頭を抱えて、泣き出しそうになるほど苛立っていることに葉月は気付いた。
 これは精神的な嫌がらせか。
 盗んだのか盗んでいないのか分からないが、金目のものを素通りしてこんなに散らかしたのは、毎日掃除してる自分への精神的な嫌がらせにしか思えない。ゴミ箱に入っていたゴミでさえ、ひっくり返されてる始末だ。何がしたいのか分からないからこそ、苛立ちが拭えない。

 寝る間も惜しんで、葉月は部屋全体を掃除しにかかった。
 盗まれたものはないか調べながら、いつも置いてある場所に全て戻す。次の日も仕事だろうと、ご飯すらも食べなかった。

 もし誰か分かったその時は、一発と言わず二・三発拳を入れたいと思った。





 ◆ ◇ ◆



 「離人症性障害、ですね」
 
 紹介された病院で、そんな申告を医師からされた。


 あれから、帰ってくるころに部屋の中が荒らされてる現象は、この一週間で三度と繰り返された。さすがに怖くなった葉月は、これを地元にいる昔ながらの友人に相談したのだ。しかし彼らの反応はそれを予想してたらしく、ただ冷静に『一度医師に相談してみてくれ』と一点張りだった。どうして部屋の中の散乱に病院が関係あるのか分からなかったが、大人しく言うとおりにすることにしたのだ。


 「は? 誰が」
 「あなたですよ、宮原さん」

 断言する目の前に医師は、葉月は分かりやすく顔をしかめた。

 「あの、なんでそんなこと、分かるんですか」
 「医者だから、なんて卑怯な事は言いません。ちゃんと診断でそう出ています」

 そう言いながら、先ほどいくつかされた質問を、医師は例に挙げて語りだした。

 「記憶にない昨日の部屋の散乱事件の件ですが、家に誰かが侵入した痕跡が無かったとあなたはい言いましたね。そして、あなたの友人たちの『時々会話が成り立たない』という発言もそうです。あなたはそれに疑問を持たなかった。それはいつものことで、取り立てて問題にするようなものでもないと思ったからですよね。質問の回答でそう言っています」

 バインダーに綴られてある紙をめくりながら、医師は冷静に言葉を紡ぐ。
 確かに地元を離れる前は、やたら同じことを言われていたことがあった。
 『そんなこと、お前言ってたか?』
 一日一日解答が変化することはあるだろう。人間の変化は秒単位で変わると言われている。だが葉月の場合は、昨日「ケーキは苦手なんだ」と言っていたことを、次の日になると「ケーキ大好きなんだよ」とはしゃいでるという。友人らはそれをいつも訝しんでいたが、今回の件でそれと結び付け、葉月に病院を薦めたのだ。


 「あの、離人症なんとかって、なんですか」

 動悸が加速し、息が浅くなる。葉月は太腿に乗せていた両手をぎゅっと強く握った。
 医師が言うからには、病名なのだ。それも問題にするほどの。カウンセリングやメンタルセラピーをせざるを得ないのだろうか。嫌だ。自分は普通に生きてきて、これからも普通に生きていく。それは変わらないし、変わってほしくない。誰かと違うのは、嫌だ。
 そんな葉月の心中を察していた医師は、葉月が受け入れやすいよう、言葉を選んで教えた。

 「離人症は、軽いものだと誰にでもあることです。別名では、現実感喪失とも言います。映画や小説、何かに集中してる時に周囲の出来事から遠ざかりますよね。そういった状態を指します。ですが、これが深刻で、かつ慢性的になると、後ろに「障害」とつきます。統合失調症、パニック障害、急性ストレス障害、心的外傷後ストレス障害、大うつ病性障害ではない場合に、我々医師は離人症と判断します」

 室内が、ヒンヤリとした。
 初めて聞く単語の羅列に頭が混乱する。
 つまり、普通の生活で、違和感が幾度と続けば、それは離人症だと。

 「葉月さん、これは心の病ですが、治らないわけではありません。この場合、いつから記憶違いが起こったのか、原因を言語化する必要があります。それについて心当たりは、ありませんか?」

 医師に問われ、葉月は俯いた。
 日常の中で、疑問になったことは多々あった。でもそれは、取り留めて問題にするようなことではなかった。友人との記憶違いが起こっていると思っただけだったからだ。そんな自分に、いつから離人症になったのかなど、分かるはずもない。その理由でさえ、見当たらないのだ。


 「……治る方法は、それ以外にないんですか」

 希望にすがるように、言葉を紡ぐ。葉月の揺らぐ瞳をまっすぐと受け止め、医師は声のトーンを落とした。

 「薬物療法と、精神療法の二つを、根気強くやり続けるほかありません。言語化が困難である以上、葉月さんには、毎日でも病院に通っていただきたい」

 葉月は、無言でそれを承諾した。


Re:  絶 ゆ る 言 の 葉 。 ( No.6 )
日時: 2014/08/25 09:15
名前: 歩く潔癖症 ◆4J0JiL0nYk (ID: rtyxk5/5)



 ◆ ◇ ◆


 
 ¶


 数ヶ月ほど前から自分は離人症で悩んでいます。
 なにをしてもやっている現実感がなくて、大好きな音楽も大好きな人たちも遠くに感じられます。
 お店に入ると、動いてるひとたちは皆現実にいて 今あることに一生懸命なんだなと途方にくれてしまいます。
 やはり、そこでも落ち着いて人の話を聞くことができず、今日は自分だよな。なんて、手をつねって確かめるばかりです。

 数ヶ月前よりかは楽になったのですが やはり自分がちゃんと現実に、間近になんでも感じられないのは辛いです。
 だけど離人症は原因が突き止められることでおさまっていくと聞きました
 ですが、いくら考えても 自分がいつこうなったのか、なんでこうなったのかと理由が出てきません。
 私は、常に緊張しいなのですが、いつからか 緊張も恥ずかしさも 純粋に喜ぶことさえもかんじていませんでした
 それも何時ごろからはわかりません
 昔の自分を思いだせば、なんでこうなったんだろうだとか、私は昔の感性には戻れないのだとか、好きなことを重ねていくこともできないのかなと悩んでいます。
 離人症はストレスを突き止めるほか、何か直し方はないのでしょうか?
 もう手をつねりすぎて、日によって手の硬さもかわってきている気がして、なにが真実かわかりません。治っている?と感じる日もあるのですが、やっぱりなにか違うなと繰り返してばかりで、確かな自分がわかりません。


 ¶


 記憶とは何か、自分とは何か。
 無償で信じてきたモノが手のひらを返した時、人はどういう対処をするのか。

 自分の掌を見、これは自分だと認める他術はないのだろう。


       fin.