複雑・ファジー小説
- Re: 奇譚、有ります。 ( No.14 )
- 日時: 2014/12/19 02:33
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: QOcWa.9/)
- 参照: 漆 (語り部:桜庭 賢)
『土蔵の猫』
「佐野先生」って聞いてなんか引っ掛かってたけど、あの人じゃねぇか。
確か、凄い権威のあるコンクールでいきなり金賞掻っ攫っていって、世界中のピアニストをびっくり仰天させた人だろ。オレはあんまり詳しくないけど、オレの父さんがすげぇ大ファンでさ。訃報を聞いた日は自棄酒かっくらって、まだ中学生だったオレに絡み付いて一晩中泣いてたんだぜ。キモいだろ、大の男が絡みつくんだぜ。
そっか、司書の先生と仲良しだったのか……でも楽しそうに弾いてたなら、それはそれで良かったんじゃねぇのかな。司書の先生だって、思い出して辛く思いこそすれ、怖くは無かったんだろ?
——萩さんに美ぃちゃんと、因縁譚が二つ出てきたけど、あいにくオレはそういうのは一つも持ってなくてね。桔梗さんみたいな、口直し系の軽い話しかネタが用意できなかった。今からの話はその中でも一番軽めの奴で。
そうだな、京さんとおんなじくらいのノリで、軽ーく聞いてくれ。
まあ、まず、前提の話をしよう。オレん家にある土蔵についてだ。
皆知ってるかもしれないが、あの土蔵含めた土地は、元々オレの祖父さんだか叔父さんだかが持ってた所でな。今や桜庭家の家人はオレしか居ないから、一応オレが預かってるんだけど、この家の土蔵にちょっと問題があって……待てや姐さん。耐震性はクリアしてるから。震度七の地震が来ても崩れねぇから。
ったくよ、話を脱線させようとするなっつの。
……で、その土蔵な。霊の通り道の真上にあるんだよ。
いやさ、オレの祖父さんも、敬さんの本業と似たようなことやってたから、その関係なんだろ。その祖父さんの話も後でする予定だから、この話はちょっと後回し。本筋に戻ろう。
んで、土蔵が霊の道の真上にあるって話だが、オレが今から話したいのはそっちじゃない。まあ、土蔵の位置と、少なからず関係はあるだろうがさ。でも本題は、土蔵にずっと住み着いてる、猫のことだ。
——そう、オレん家の土蔵には、猫が住み着いてるんだ。ミケって名前だった。
それも、オレが知る限り、オレの祖父さんが生きてた頃から。だからまあ、少なくとも二十年以上も前から、ずっとそいつは土蔵に住み続けてる。死んだ父さんも苦笑いしてたよ、「あんだけ長生きするなら、いつか尻尾が増えて踊りだすんじゃないかな」ってさ。
でも——父さんが病気で入院した位の頃から、ミケが急に元気を失くしちまって。どうしたんだって心配してる内にミケは姿を消した。もう今から五年前、オレが成人する前で、父さんが死ぬ一週間前のことだった。
……そしたら、の話だ。
それは、去年の夏。ちょうど今みたいな、黄昏時をちょっと過ぎたくらいの時間だ。
オレはその時、やっとこさ買った希購本を仕舞おうと思って、鍵の束片手に、真っ暗な土蔵の奥にいた。
桐ちゃんとか姐さんは知ってるだろ、土蔵の奥がどんなに暗いか。やっぱり何か居るんだろうな、オレん家の土蔵は裸電球五十個つけてもまだ真っ暗い場所で、裸電球から五メートルも離れたらもう足元が覚束ない。……そう、だから何時もは懐中電灯を持って入るんだけど、まあその時は両手に本抱えてたからな。
まだ整理できてない本とか、散々ネズミに食われてダメにされた本とか、そんなのを足で退けながら、ようやくオレは希購本を仕舞う本棚に辿りついた。その時だ。
「なぁお」「なぁあ」
つって、猫が鳴いてるんだよ。あの、土蔵に住んでた奴と、全く同じ——あのミケが。
いや、オレ的にはビックリギョーテンものだよ。確かにアレは随分前から住んでたけど、でもオレが成人する直前にはもう姿を消してたんだ。土蔵の鳴き声が聞こえなくなった、流石のミケももう大往生かって、病院でチューブに埋もれてた父さんに笑ったことは忘れちゃいない。
嗚呼。もう五年も前に居なくなってたはずの奴だ。何で今更ってのと、何であのミケがってのとで、怖いとか何とか言う前にハテナマークで頭が一杯だった。俺は口閉じるのも忘れて、本抱えたまま突っ立ってた。
「なぁ」「なごぅ」
また声がした時にゃ、随分時間が経ってたな。はっとして本を近くに置いて、見てみたケータイの時計は七時過ぎ。三十分くらいオレはその場でボーっとしてたらしい。そんで、そこで何故か「本どうにかしなきゃ」って、何か変に真っ当なこと考えてさ。握りしめてた鍵束がちゃがちゃして、本棚の鍵を開けた。
その時が、一番心臓が止まるかと思ったね。
ミケが、いたんだ。
全然変わってなかった。やたらドデンとした太い身体も、ちょっとボサボサした毛並みも、ニンマリした黄色い眼も、まだら模様が入ったヒゲも、何もかも。ただ、今まで半野良だったはずのそいつの首元には、赤い首輪と金色の鈴がはっきり見えたよ。……悪かったな猫好きで。
でも、おかしいと思うだろ?
ぶっちゃけ希購本用の本棚なんか、年に何度も開けたり閉めたりするようなところじゃない。ミケがもし以前オレがアレに触れたとき手違いで入ってたってんなら、多分干からびたミイラになってる。それに、猫があんな密閉空間で、あんな悠然と丸くなってるワケがない。
あのパニック状態で、そこまで打算的なことを考えちゃいないけども。でも一目見て変な状況だし、ミケがあんまりにもニンマリ顔で箱作ってるもんだから、呆れたよ。
「ミケ、何やってんだ」
「なぁご」
尻尾ぱったんぱったんさせながら、「分かれよ」って言ってるみたいに一声鳴いて。むっくりその場に立ち上がったかと思うと、ミケはオレの足元に擦り寄ってきた。それからもう一声。分かれよって。
——あー、喋る猫って奴? ミケもその類だろうな。昔からよく喋ってたよ。なごなご五月蝿い奴だった。
そうだな、飯要求してるのはすぐ分かった。でも、正直言ってオレは本を早く片付けたいわけで。後にしろよってちょっと邪慳にしたら、オレの背に爪立てて、カッターシャツばりばり引っ掻いて、また鳴いて。でもこのままにしとけないからってまた邪慳にした。
そしたら、そいつの声色が変わってな。
「ばぁか」
そんな風に鳴いた。変だと思うかもしれないけど、確かにそんな風な声を出したんだ。他の何でもない、確かにミケがそう鳴いた。……少なくとも十九年は付き合ってきたオレが言うんだから間違いねぇぞ。
嗚呼。ばぁかって何だって、ぎょっとして振り向いたら、ミケの姿はもう無かった。ただ、ミケの走る後姿だけが、物凄い速さで遠ざかっていくのが見えたよ。オレはそれをボーっと見てることしか出来なかった。
でも、不思議と怖くはなかったよ、足音が消える最後まで。今だって怖かない。
——何たって、あいつが帰ってきたんだから。
父さんが一番可愛がって、最後の最後まで会いたがってた、あのミケが、さ。
何だか湿っぽい話だったかな。
次の人、明るい話でよろしく。
