複雑・ファジー小説
- Re: 奇譚、有ります。 ( No.7 )
- 日時: 2014/06/03 01:14
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: 7hsLkTT7)
- 参照: 肆 (語り部:萩原 直人)
『小隊、此処に並び飛ぶ』
……八十年蝉かぁ。僕の不運も祓ってくれないかな。
この前も初心者マークつけたプリウスに轢かれかけて、そりゃーもう大変だったんだよ。僕はちゃんと青信号になって渡ったっつーのに、向こうは「向こうが見なかったのが悪い」なんて駄々こねるし、警察の人が注意したら開き直るし、しまいには僕に掴みかかって——
っと、あーごめん皆。僕の愚痴大会になるトコだったね。シケたことしてたら幽霊が寄って来そうだ。
大丈夫、今から僕のする話は、そんなシケたことじゃないから。怖い話じゃないけど、不思議な話で、しかも因縁譚だよ。聞いておくれな。
確か、僕に空自を辞める前後くらいの話だから……そうだね、今から二年くらい前かな。
所属していた基地は『そういうモノ』の道の傍にあってね。基地の連中はしょっちゅう心霊体験をしていた。
僕も部屋でよく変なものを見たり聞いたりしたよ。もやっとした顔みたいな奴が天井をふわふわしてたり、何処とも知れないサイレン音が一晩中してたりとかね。時には基地全体がラップ音を立てたり、閉めても閉めてもドアが開いたりもしたもんさ。
しかも場所や時間問わず。割と出しゃばりがいるんだよなぁ、あの基地。お陰で新規の人の離職率が高い高い。心霊スポット付近の部屋は、しょっちゅう人が入れ替わってたのを覚えてるよ。
えーと、ゴメン。話がズレたね。
そう——それは真昼間の演習場で起こったことだ。
季節は真夏。すごい燦々晴れの日で、異様なくらい気温が高かった。で、あんまり暑いせいで、僕の同僚がぶっ倒れちゃってね。それでも我慢してたせいで、気付いたときにはひどい熱中症だった。
……そりゃあ訓練はするさ。だから普通ならあの装備で炎天下の場所にいても平気なんだけど、そいつ、どーも前の晩うなされてたらしい。そいつは僕ほど霊の声に慣れてないから、まあ仕方ないよ。班長もそう訳を話したら笑ってたよ、「俺も昔はそうだった」って言ってさ。
そんでだ。そいつが滑走路の上で倒れたお陰で、飛行機が少しの間飛ばせなくなってね。僕はその時、滑走路の上でマーシャリング——嗚呼、戦闘機を飛ばすための誘導をしてた訳だけど、班長が一旦ヤメって叫ぶもんだから、少し手を止めてた。
そんな時に、それは起きたんだ。
ブゥゥゥ————ン……
てな感じで。聞こえてきたのは、零戦一一型のプロペラ音だ。
そして、それは何機もそこに集っていた。
……いや。本当は聞けるはずないんだ、零戦一一型は現存してないんだから。だから僕も一一型のプロペラ音なんて知るよしも無かった。でも、その時何故か、僕らにはそれがそうなんだとハッキリ分かった。——ホラ、よくあるだろ? 何て言ってるか分からないはずなのに、何となく意味が分かるってこと。アレだよ。
その音は他の連中にも聞こえてたらしくてね。零戦がこんな所を飛ぶわけがないし、そもそも上空に飛行機が飛んでちゃー戦闘機は飛ばせないから、演習は本格的に一旦中止。班長も僕らも、揃って空を見上げたわけさ。
それは、零戦六機の編隊だった。
僕らの戦闘機が飛ぶよりずっと低い位置を、僕らが飛ぶよりずっと遅く飛ぶ、現存しないはずの一一型——でも、それは普通の幽霊みたく半透明だったり、違和感を感じるようなもんじゃない。確かに、真っ青な空の上を飛んでいた。その場の全員が、きっとそれを本物の零戦だと思っただろう。
いや、そんなんじゃないんだ。ただ呆然として空を見上げることしか、僕にはできなかった。普段なら心霊現象なんて屁とも思わない班長ですら、その時ばかりは空を眺めて、口をぽかんと半開きにしていたよ。
そうだね……一番正確に言葉を補うとするなら、見惚れていたんだろう。特段すごい編隊飛行をしていたわけじゃないけど、真っ青な空にモスグリーンの機体が良く映えていた。
いやぁ、本当は見てもらいたかったよ。写真撮ったんだから。でも何故か写真に映らなくてね。何枚現像しても、何回霊感の特別強い同僚に見てもらっても、気配はするけど肝心の姿はどこにも映せなかったんだ。一応一枚持ってきたけど、榎本さんなら分かるかい?
……そうか、やっぱりダメか。まあ、気配は感じられるだろ?
とりあえず、話を戻そうか。
- Re: 奇譚、有ります。 ( No.8 )
- 日時: 2014/06/03 01:18
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: 7hsLkTT7)
- 参照: 肆 (語り部:萩原 直人)
で、さ。編隊飛行披露した後、そいつら何したと思うよ。
——降りてきたんだ、滑走路まで。
何度か頭上を旋回した後、それは一旦遠くに離れたかと思うと、六機並んで滑走路に着陸しやがった。
バラバラバラバラ……
って、どんどんプロペラの回転数が下がっていく音が僕の間近に迫ってきていたよ。きっと僕がマーシャリングの担当だって、何となく向こうも分かってたんだろう。零戦一一型が全盛だったころに、今と同じような誘導指示をやってたかどうかは分からないけどさ。
それで、僕は次々近付いてくる零戦の機体の真正面に立って、とりあえず旋回指示を出した。
……嗚呼。そりゃもちろん。滑走路内は結構混雑するんだ、幽霊でも誘導しないわけにはいかないよ。
幸い、添乗員は物分りの良い人だったようでね。滑走路の空いたスペースに着陸してくれたから、六機とも何とか押し込めた。プロペラやエンジンが止まってしまうと、もう辺りには静けさばかりだ。
そうして静まり返った滑走路の上で、僕は動きを止めた零戦を見た。
そいつらはヘルメットを脱いだ後、傷だらけの風防を跳ね除けて、そのまま滑走路に飛び降りてきた。
ん? ったりまえだ、普通はしないよ。あんな高さ、下手したら足挫くよ。実際、それで捻挫した挙句上官に絞られて、心霊現象の起こる部屋に移動させられた奴とかいるからね。
……っとぉ、話が逸れた。
そう、その降りてきた六人のパイロットだけど——
五人が僕らと同じ二十歳くらいの男で、一人だけ三十歳後半くらいだったかな。カーキ一色の戦闘服も黒い軍靴も泥まみれにして、パイロット達はまず僕の前に立った。で、バッと音を立てて敬礼した。
——そうだね、とてもそれが幽霊だとは思えなかった。軍靴の時点で分かったかもしれないけど、パイロット達にはちゃんと足が付いてたわけだし。しかも向こう側が透けて見えたりしないし、足音も聞こえたし、足元に影もあった。僕の知りうる限り、幽霊らしい要素なんか一つも見当たらなくてさ。
で、このご時勢に零戦乗りなんていたっけ——なんてバカらしいこと考えながら敬礼返したら、年嵩の人が僕をじぃっと見てきてね。蒸し暑い滑走路の上で、僕だけが射すくめられて冷や汗タラタラだ。年上の人に「顔に何かついてますか」なんてジョーク飛ばすほどの度胸もないから、黙りこくるしかなくて。
十秒、二十秒。滑走路の上は水を打ったように静まり返った。
そして、三十秒になろうかって時に、やっと声が上がったんだ。
「ナオトか?」
年嵩が上げた声だった。
一瞬何のことか分からなかったけど、まあナオトって名前の面子は班の中に僕しかいないわけで。そうだって返事したら、年嵩は真っ黒に日焼けした顔に一杯笑顔浮かべて、そうかそうかって感慨深そうに頷くんだ。
ワケ分からない、そりゃ皆同じさ。振り返ってみれば、班の奴等もポカーンとして、班長だけが腕を組んで真顔だった。で、僕がどうにも反応に困ってるのを見たんだろう、班長が物凄い大またでこっちに来た。年嵩の方も、顔に傷のある五十路男がいきなりすごい早足でやって来たってんで、眼を丸くして居住まいを正したよ。
で、班長は黙って僕の隣に並んだかと思うと、いきなり年嵩に向かって最敬礼をしてね。ビックリしてる年嵩に、いつもの威勢の良さはどうしたってくらい、ぼそっとした声で言うんだよ。
「伍長、満足されましたか」
年嵩はもっと驚いたように班長の顔を見て、それから嬉しそうに笑った。それから、年嵩の方も踵を鳴らして、たった一言返したんだ。それは静かな声で。
「無論です、少佐」
瞬間、年嵩と五人のパイロット達は、その場からフッと消えてしまった。
あっと思って見てみれば、僕が誘導したはずの零戦六機もその場から消えていた。滑走路の上には相変わらずの蒸し暑さと静けさがあったけど、僕の背中は冷たかった。今、さっきまで確かに居た年嵩が消えたことと、班長が口にした「伍長」の言葉、これが何時までもぐるぐるぐるぐる頭を巡っていたよ。
……うん、班長も分かってたみたいでね。突っ立ってた僕の背中をぽんっと叩いて、班長は「後で資料室に行ってみろ」ってだけ言って、そのまま演習に戻っていった。
演習が終わった後は、資料室までひとっとびさ。ハードな演習でヘトヘトだったけど、そんなことお構いなし。零戦最盛期、第二次世界大戦頃の資料を引っくり返して漁った。
そしたら、すぐに見つかったよ。
第二次世界大戦の中盤、B-29だのワイルドキャットだのが跋扈していた空を飛び回っていた、たった六機の零戦部隊——実に二十機以上のB-29を落とした部隊の隊長こそは、僕のひいじいさんだった。
……嗚呼、調べたよ。
部隊は洋上で被弾・墜落して投げ出され、アメリカの軍艦に拾われたらしい。でも、季節は真冬だ。それ以前からの怪我もあって、拾われたときには虫の息。介抱虚しく次の日には息を引き取ったとか。
その時の詳細も一応、資料には事細かに書いてあったけど……それは言わない。しっかり胸の中に秘めとくよ。
——それにしても、ひいじいさん。
ひい孫の僕を見て、何を思ったんだろうか。