複雑・ファジー小説

Re: ユーリの冒険【キャラ募集】 ( No.21 )
日時: 2014/05/11 09:43
名前: 千螺虔迅 (ID: gOBbXtG8)

 ユーリを探す旅に出ようと決意したのは、何もリクだけではなかった。
 フロイ=バウムクーヘンも、長期休暇の届出を手に持って衛生兵軍曹の前に立っている。
 目的は言わずもがな、ユーリを探すため。軍や警察ほど頼り甲斐のないものはない。
 それくらいなら、自分で探したほうがよっぽど早くて効率が良いに違いない。

「いなくなったユーリちゃんを探したいんです。ボク、きっと見つけてみせますから!」

 最初は頑なに休暇届を受け取らなかった軍曹だが、その軍曹以上に頑なで、しかも意志の強い少女が目の前にいた。
 故に軍曹は、休暇届を受け取らざるを得なかった。受け取らねば、勝手に軍を抜け出すという脅しもかけられたからだ。
 フロイは今のところ、下位の兵士であっても衛生兵としての実力は十二分に兼ね備えている。
 いつ隣国と衝突するか分からないこの時期、彼女に抜け出されると兵士達の士気が幾らか落ちてしまう。
 出来るだけ避けたいところだ。

 そうして長期の有給休暇を得たフロイは、早速旅支度を済ませてユーリの捜索を開始した。


  ◇ ◇ ◇


「う、ん……?」

 全身の痛みを、まるで癒すかのように包む高級な布団の中。
 ユーリは包帯だらけの状態で、未だに残るからだの痛みで目を覚ました。
 否、今のユーリは下着と包帯しか身に纏っておらず、それらの一部は血で赤く染まっている。
 掛け布団から出ていた両腕を見て、ユーリは思わずギョッとした。

 目覚めた場所は、ユーリが知らない場所だった。
 先ほどまで目に焼きついていた光景は、見渡す限りの荒野だった。そのはずが、今や知らない家の屋内にいる。
 きっと誰かに助けられたのだろうが、その事実が間違っていなかったとしても、攫われた可能性だって否定できない。

「あら、案外早い目覚めね」

 不意に、大人びた女性の声が響いた。
 気付けば隣で、細長い骨董品のような煙管を片手に椅子に座って読書をする眼鏡姿の女性がいた。
 サイドテーブルの上には救急箱が置かれており、使われた跡が目に見えている。

「私の計算上では1ヶ月寝たきりのはずだったのに、それを5日で目が覚めるなんて……元気な子ね」

 女性は感心を多分に含んだ柔和な笑みを浮かべた。
 一方で包帯だらけのユーリは、ただ首を傾げるだけだ。

「あのー、誰ですか?」
「あら失礼、まだ名乗っていなかったわね」

 女性は本に栞を挟んで眼鏡を外し、煙管を置いてユーリに向き直った。
 彼女が持つ穏やかな赤い瞳が、ユーリのボンヤリした藍色の瞳と交錯する。

「私はモード・リントヴルム。よろしくね、ユーリ"ちゃん"」
「!?」

 ユーリは驚いた。
 自分の記憶をいくら辿っても、ユーリはこの<モード>と名乗る女性を知らない。
 だがモードは、ユーリを知っている。名前だけでなく、何となく伏せてきた自分の性別までも。
 下着が下着なのでバレてはいるのだろうが、それとこれとは話が別だ。

 モードは恰も、"予てよりユーリを知っていたかのような"口振りで言っているのだ。
 加えて彼女は、初対面にしてはかなり馴れ馴れしい態度をとっている。大人にしてはありえないほどに。
 そんなモードは、混乱するユーリを他所にただ、目を細めて笑みを浮かべている。

「ふふっ、まあ……"今の貴方は"深く考えなくていいのよ」

 更には、発する一つ一つの言葉も難解で意味深。表情も真相を掴みにくい。
 何だこの人は。食えない女性だな。それが、ユーリが彼女に抱いた第一印象だった。

「とりあえず、ありがとうございます。助けていただいて」
「いいのよ別に。"私と貴方の仲"でしょう?」

 また意味深な言葉が羅列される。
 すると今度は、そんなユーリの態度を見てモードが首を傾げた。

「って、ちょっと待って……貴方しれっと私に名前聞いてきたけど、もしかして私の名前忘れちゃったの?」

 モードはユーリが抱いた第一印象に似合わず、一体どういうことなのか理解できないとでも言いたげな表情を浮かべている。

 ユーリはここで、一つの謎に対して出した答えのうち一つに確信を持った。

 そもそも、始まり——つまり自分が目覚めた頃——からしておかしかったのだ。
 自分はモードの名を知らない。先ほどの彼女は、自分が発した問いに流れに乗って名乗った。
 これによって当初は、モードだけ自分を知っているのだろうという答えを得ることが出来た。
 本の世界などではよくある話なので、別に疑問は抱かなかった。
 だが今のモードの口振りからすると、あからさまに"自分と彼女は予てより知り合いの関係にある"らしい。
 つまり、当初出した答えは不正解となる。

 今になって考えてみれば、自分は今まで何をしていたのか、記憶が酷く曖昧なのだ。
 思い出そうとすると、その部分に靄がかかって見えなくなる。かかった靄は、振り払うことが出来ない。
 ここでもう一つ考えていた、的中してほしくないような答えが正解となってしまった。

(まさかボクは、俗に言う記憶喪失なのか?)