複雑・ファジー小説

Re: Lost Witch【鋼の意志】 ( No.2 )
日時: 2014/05/18 15:57
名前: Ⅷ ◆O.bUH3mC.E (ID: Z5O3OKTP)

序章



周りには、人がいた。
おびえた目で、震えながら、人々は祈っていた。なにかから逃れんばかりに、なにかにおそれているかのように。
空は赤かった。雲はどす黒かった。遠いところで煙があがり、またどこかから、悲鳴のようなものが聞こえた。
武装をした大人たちが必至で人々を落ち着かせようとしている。だが、時々空をよぎる影に人々の悲鳴はさらに高まり、恐怖だけが、この場を支配していた。
そこに、ただ一人だけ、虚空をながめている少年がいた。
少年はおびえるまでもなく、誰かに寄り添うわけでもなく、ただただ一人で、ポツンと、空を眺めていた。
少年の眺める先には何もなく、少年の眺める先にはただ、紅く染まった、自身の手と同じ色をした、空だけだった。
サイレンの音が鳴り響く、大人たちの怒号が響き渡り、また、悲鳴がそれをかき消さんばかりに強くなる。空は影に覆われ、人々の声は絶望に止む。
少年の瞳が大きく見開かれた。そして恐怖した。その視線の先には、脳裏に焼きついたあの情景にいた存在に似ている、化け物が、いたから。
人々が、なにかをわめきながら走り出した。それに呼応して、化け物が奇声を発し、空から急降下し、今この場にいる人たちに狙いを定めた。
少年は逃げようとした。けれども、足は恐怖にすくみ、動けず、人々が散り散りに逃げ、いなくなり、この場に一人、ポツンと、取り残された。
誰も守ってくれる人はいなかった。武装をした大人たちは必至に銃やミサイルなどをうつが、その化け物の勢いを止めるのには不十分で、やがて逃げ出した。少年に気づくものはいなかった。
化け物は一人取り残された少年に一気に狙いを定めて急降下してくる。怒り狂ったような形相で、少年を喰らわんとした。
少年は恐怖のどん底に叩き落され———そして、あきらめた。あきらめて、もう一度、空を見上げた。赤く……紅く染まった、自分の手と……自身を守って死んだ、両親が流した血と、同じ色をした空を———
やがて少年は目をとじ———化け物は……ふきとんだ。
そして、そのことを疑問に思った少年に、一人の少女が、笑いながら、手を差し伸べた———

「大丈夫だった?」

と。
それは、少年が一度【死んだ】日であり、【復活】した日の思い出。
生きる力をなくし、気力をなくし、あきらめ、死を覚悟した少年の、幼き日の思い出。
歪に腐りきった世界で———有ってはならない、出会いの記憶———。