複雑・ファジー小説
- Re: ザドキエル占星術 ( No.3 )
- 日時: 2014/05/23 14:41
- 名前: ワッフル ◆uigiXIaCSo (ID: gOBbXtG8)
「なるほど、ね……」
とある民家の、木造の一部屋。
机を照らす、温かな光を放つスタンドだけがこの部屋の照明になっている。
机の上には世界地図、地球儀、小さな望遠鏡に様々な分厚い本が乗っていて、とても勉学などが出来るスペースは空いていない。
それでも机に向かっている青年〈ヨシュア・レーヴェカノネ〉は、何とか出来上がったスペースで何かを書き記しては、一人で頷いて独り言を言っていた。
羽ペンでさらさらと、慣れたような手つきで絵や文字を書いていく彼。
押さえている帳面には、星座などの天体に纏わる事がぎっしりと書き込まれていた。
特定の星座に対しての特別な解説、関連用語や基本事項なども、まるで愛情を注ぐかのようにこの上なく丁寧に書かれている。
だが、彼は星座に関する研究者などではない。帳面の内容は全て、ザドキエル暦を用いた占星術に関するものばかりであった。
ヨシュアは占い師だ。
タロット占いやトランプを使ったお遊び感覚の占いにも精通しているが、彼の本職は占星術師。
つまりは星座を用いた占いが専門であり、中でも彼は〈ザドキエル占星術〉に長けている。
ザドキエル占星術とは、ザドキエルと呼ばれる文明の考えに基づいて、星座や星の瞬き方を見て占うもの。
森羅万象が星一つ一つの対象となっているので、あらゆる対象を占うことが出来るのが利点といえる。
だが今や、ザドキエル占星術は完全に廃れている。
世間は占いに固執する者は山ほどあるのだが、ザドキエル占星術は歴史の中で最も古い占い方法となる。
現代人は最新の占いを気に入っているのだろう。これは、ザドキエル占星術が世間から無くなったきっかけであるともいえる。
また、ザドキエル占星術は膨大な知識を必要とするため、その手の占い師が居なくなったのも廃れた原因かもしれない。
だがヨシュアだけは違った。
先祖代々名の知れた占い師という家計の中で、彼は占い師になるのにかなり有利である。
だったら、廃れた占いも復興できるのではないだろうか。
そんな考えを元に彼は日々、ザドキエル占星術に関する勉学に励み、知識を身につけてきた。
彼の夢は、廃れた占星術の術師となること。今正に、その夢が叶おうとしている。
今日もヨシュアは一人、勉学に励んでいた。
◇ ◇ ◇
その日の夜、ヨシュアは開け放たれた窓から外の空気を吸っていた。
風は無く、彼の黒髪が揺れることはない。代わりに空気は冷えていて、窓を開けるだけでも心地よい。
天に浮く大きな月が明るく光を放ち、彼はその青白く上品な月光を黒い瞳で捉えていた。そんな中、部屋の戸が空く音がした。
「ヨシュアー、入るよー」
やってきたのは、明るい翡翠色の髪を腰まで伸ばした少女〈ジェシカ〉だった。
彼女はヨシュアの従妹に当たるが、同居しているので姓は彼のそれと同じものとなる。
そんなジェシカに、ヨシュアは渋面で振り返った。
「ジェシカ、入るときはノックくらいしろって言ったよね?」
「あはは、ごめんごめん。そんなに怒らなくてもいいじゃん」
獣人の猫科に当たるジェシカ。黒い猫耳と尻尾が揺れ、映る月光の影が大きく揺れる。
「ところで何しに来たんだい?」
「うーんと、今日の成果……かなー」
「あぁ、今日の成果ね。ま、いつも通りかな」
「へぇー、やるじゃん」
お互いの吐息を感じるほどに近付く二人。
恋人同士ではないが、年頃の男女とは思えないほど色気とは無縁の光景に、少しだけ唇を震わせている人物がいた。
(ふふっ、今日も仲が良いわね)
空いている部屋の扉の向こうから、気付かれないように二人の様子を傍観する女性〈エマ〉だ。
ヨシュアの姉に当たる彼女は、小さく笑みを零してからその場を去っていった。