複雑・ファジー小説

Re: 怪獣少女の非公式ガイドブック ( No.2 )
日時: 2014/05/21 17:07
名前: 翡翠 (ID: XinQFKh.)

第一章

走り出す。
走り出した。
走り去った。
いつしか、現在形だった言葉は過去形に変わる。それはごく自然なことで、普通な事で、もっとも受け入れがたい事実の一つである。

私の母と父が亡くなったのは、そのなかでも軽い物だったのだろうか。普通に受け入れられる物だとしたら、もう過去形で表される時代の私は、ひどく非常識な人間だったのだろう。
そして、そこに変わらない現在形の私が加わると、みごとに方程式が成り立つのだ。
さらに私を引き取ることを嫌い、さっさと施設に放り込んだ親戚や親類がいるとしたら、それには確実に二重丸がつけられることだろう。
しかし世界は不思議な物で、計算式で表せない物が多々ある。
たとえばこの太陽である。人に汗をかかせる以外の事でもしたらどうだろうか。早く沈んで今私が立っている場所の間反対を照らすことを、強く推薦する。
まあ、こんな日に害虫駆除を行う大人も大人だ。なにがGだ。なにが害虫だ。
そうした小さな理由から、私は街をふらふら歩いていた。
しかしさすがは街。小さいながら、涼しいスポットも沢山あると見た。
私は「自分は涼しいですよ」オーラを出している、狭い路地へ吸い込まれるように入っていった。

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建物によって一日中日があたらない、ひんやりした壁。床。
無造作に置かれたダンボール箱。
小さな生き物が住むほど静かな環境。
—すばらしい、完璧だ。
片手に読める本が無いことが少し悔やまれるが、このさい目をつぶろう。
首筋にたむろっていた熱い空気がすっと冷やされる。この感じは好きだ。しかし同時に、なにもしたくないという気持ちをそそる誘惑でもある・・・。
いや、だめだ。だめだ。前の日に張り出された害獣駆除のお知らせによれば、今日の夕方ぐらいには終わると記されていたはず。今眠れば確実に間に合わない。
「でもなー・・・」
思わず言葉が漏れる。
すこしため息混じりなのは、かなわない願望を前にしたとまどいからか。

「なにが?」

・・・突然聞こえた声に対しての驚きからか。
「うっわああ!」
「・・・おいおい、飛び退くほど怖いのか。俺は。」
それは男だった。
むくりと起き上がった場所は、私が見上げるほどの高さがあるプレハブ小屋の上だ。ここから見てもかなりの高身長だとうかがえる。鮮やかな空色をバックに、全身黒色の男はあくびをした。
「そ、そっちが悪いのではないか?屋根の上でなんか寝て。驚くのも不思議ではないだろう!」
男が屋根から飛び降りたことに少しひるんだが、それを隠すために胸をはる。堂々としていると見えればいいのだが。
「ずいぶんと大人びた口調じゃないか。こんなにちっせえのに。」
「ち・・・ちっせえ・・・?」
「ああ。小3ぐらいか?」
私の中でなにかがふっきれた。それの原因は、全てこの男が口にした言葉によるものだろう。

気がつくと私は男を殴っていた。

「小5だよっ!ばーか!」
倒れる男を見下ろしながら、私はチカラのかぎり叫ぶ。ばーか!ばーか!デリカシーのかけらもない奴め!

「あらぁ、だめよ、クロ。女の子にそんなこといっちゃ。」
その声がするのと、ふわふわのなにかが私を包むのは、ほぼ同時の事だった。
起き上がった男(クロというらしい)は精一杯顔をしかめ、なぐられた場所をさすった。しかし、その顔は殴ったことではなく今の声によるものらしい。
「げえ・・・なんで姫がここにいるんだよ。」
・・・姫?
後頭部にあたっていたふわふわは私をはなれ、クロの方へ動いた。すぐにその姿を確認する。
「いちゃだめかしら?あ、シキはお留守番だから。」
ふわふわの正体は沢山のリボンとフリルだった。それに負けないぐらいふわふわ開いたスカート。サラサラの金髪。服に合わせたピンク色の日傘を差していた。
「クロ、この子は?さっきのお詫びをしなくちゃ。」
「しらねえ。俺の縄張りにはいってきやがったんで一発お見舞いしようと思ったら、逆にされた。」
そうだったのか。縄張りという表現はどうかと思ったが、ここは口をはさまないほうがいいだろう。黙っていた。
「説明どうもご苦労様、犬さん。」
姫と呼ばれた女性は少し皮肉を込めた口調で言う。
そして男の手首をつかむと、笑顔で手を振った。
「ではお嬢さん、またお会いしましょうね。」
そのままずるずる引きずられていったが、クロは大丈夫なのだろうか。
「いっで、いってえよ、姫!」
「これくらい我慢しなさい。」
・・・大丈夫じゃなさそうだった。