複雑・ファジー小説

Re: レイの旅-SEED- ( No.2 )
日時: 2014/06/04 19:00
名前: 雪うさぎ (ID: gOBbXtG8)

 とある山間部にある村の中。
 チュンチュンと小鳥が囀る鳴き声、眩しい朝日、開け放たれた窓から吹き込む爽やかな風。
 様々な要素が、青年〈レイ・フォールスクウェイバー〉に朝を告げに来た。

「——っ」

 掛け布団を除けると、むくりと起き上がり大きく伸びをする。
 数秒もたたないうちに、彼は黒縁のシャープな眼鏡をかけて布団から出た。
 どうやら、朝には強いようだ。

 布団も片付けないまま、無気力に洗面所へと赴いたレイ。
 洗顔や歯磨きなどの洗面を済ませると、そのまま着替えのために自室へと戻っていく。
 リビングへは行く気がないらしい。

 クローゼットを開けた彼。
 様々な服がずらりと並ぶ中で、彼は迷わず黒を基調とした服を一着手に取った。
 朝の寝起きとは思えないスピードで、そのまま彼は着替えを済ませる。

「ふぅ」

 一息つく。
 といっても溜息をついただけで、真っ黒な刀を携えて彼はまた自室を後にした。
 行き先はリビング。彼は足音も立てずに階段を降りた。
 そして、降りてすぐそこにあるドアノブに手を引っ掛ければ、かちゃ、と音がして戸が開く。
 扉の向こうはリビングに面していた。

 リビングでは悲惨な光景が広がっていた。

 壁や天井、床に机など、この部屋のあらゆる箇所が血飛沫で穢れている。
 床には、腹を深々と切り裂かれた人の死体が二つ転がっている。レイの両親だ。
 そして死体の近くでは、転寝をしている男が4人。何れも、騎士の甲冑を身につけている兵士である。

 レイは横になっている兵士達に近付き、刀を抜刀した。
 すると兵士の一人が、金属同士が擦れ合う音に気付いて目を覚ました。
 音の発生源を確認する兵士。レイの姿を認めるなり、若干逃げ腰になりながら立ち上がり、床に落ちていた剣を構える。

「貴様、何者だ。何故、どこから侵入してきたのだ?」

 逃げ腰状態でも兵士の声は震えておらず、寧ろ凛としていて覇気がある。
 相当な腕前を持っていることに違いは無いだろうが、レイは表情1つ変えずに呟いた。

「——僕はこの人たちの息子だ。居てもおかしくは無いだろう」

 刀をしまっていた鞘の先が、床に転がっている二つの死体をさす。
 柄を右手で握る刀の先は兵士に向いている。細身の身体でも尚、刀を片手で操れるようだ。
 レイが持つ緑色の瞳が、鋭い目つきへと変わった。

「あくまでも仇をとりたいと言うのだな? ならば相手をして——」

 剣を構えなおした兵士は、その先の言葉を発せ無いままに倒れた。
 レイが放った神速の居合い切りが、兵士の甲冑を真っ二つに切り裂きながら兵士の腹を深々と切断したのだ。
 昏倒して倒れた兵士の亡骸。まるで、死んだ両親とそっくりではないか。
 彼はこんな皮肉に涙を流し、怒りの混じった表情を悲愴へと変えて歪ませた。

(ごめんよ、母さん、父さん。僕は、こんなことしか出来なかった……)

 その後彼は叫びながら、起きる気配のなかった仇の対象を切り刻んだ。
 決して切れ味が落ちる事のないその刀で、肢体を解体して微塵切りにするまで。
 飛ぶ血がなくなるまで。跡形もなくなるまで一心不乱に。

 だがこの時、レイは分かっていた。
 復讐などしても、結果的には悲しみしか生み出さないのだと。
 この程度で気が済むなんて、あるわけがないと。
 より多くの涙を流しはじめるレイ。昨夜の記憶が脳裏で再生される。


  ◇ ◇ ◇


 就寝の挨拶を告げ、自室に戻って2時間が経ったときだった。
 突然階下から、両親の悲痛な悲鳴が聞こえてきたのだ。

「っ!?」

 甲冑が木製の床を叩く音。
 聞き覚えのある声の悲鳴。
 そして、人を斬る剣の音。

 これらがまどろみかけていたレイの鼓膜を揺らし、彼の目を一気に覚まさせた。
 だが、今までに無かった音に対して感じた恐怖でその場を動けない。
 叫びたくても声が出ない。体は壊れた機械のようにガタガタと震え、まるで言うことを聞かない。

 やがて何とか、自分の獲物である刀を掴んだ。
 だがその頃には、既に階下からの悲鳴は途絶えていた。
 代わりに、宴でも始めたかのように歌い叫ぶ知らない声が4つ聞こえてくる。

 悲鳴を木霊させていた両親はどうなったのだろうか。
 その疑問だけが胸を渦巻いていたが、まだ残っている恐怖感でその場を動けない。
 彼は寝る事にした。最悪の事態を想定し、気持ちを落ち着けながら。

 それに、どうせ殺される運命なら、寝ていて意識の無いうちに殺されるほうが良い。


  ◇ ◇ ◇


 その時から、レイは分かっていたのだ。

(——復讐しても、僕には何も残らない。あの時理解していたはずなのに……)

 返り血を浴びた刀の手入れもせず、レイは窓の外を見た。
 時間的に、いつもなら近所が人々の声で騒がしくなっていてもおかしくは無い。
 それが今や、村中が静寂に包まれている。響く音は風と小鳥の囀りと、どこかの家が焼ける音だけ。

 この村で生き残った命はいくつあるだろうか。
 きっと数えるほどしかない。否、自分以外生き残っていないかもしれない。
 そして自分は、人を殺めた。復讐という名目の鬱憤晴らしで。
 こんなしょうもない殺人など、誰も許しちゃくれないのだろう。

 レイは暫く、血に塗れて焼け果てたこの村の一部を眺めていた。
 その表情が再び消えるまで。