複雑・ファジー小説

Re: 虚空のシェリア ( No.10 )
日時: 2014/11/28 19:36
名前: 煙草 (ID: nWEjYf1F)

 やがて走ること数分。シェリアとナチュレは樹海の最深部に到達した。
 その際に行く手を阻んでいた道無き道の植物達は、全てナチュレによる自然を操るという不思議な魔法によって拓かれ、シェリアはここに至って、ようやく目の前にいる少女がナチュレであるということに確信を持てたのだった。
 しかし、そんな驚くべき現実は、樹海の最深部に到達するまでであった。

 ————アラクネが、いたのである。

「ようやく会えたのう、アラクネ。性懲りもなく、また森羅万象を破壊しに来たとでも言うかの?」

 一定の形を保たず、常に不規則に形を変える黒い液状の体。その中でも、場所も大きさも形も変わらない赤く光る眼。
 そんなアラクネを目撃するや否や、ナチュレの目つきが明らかに変わった。
 神としての神気、神ならではの覇気、神を名乗るに相応しい力——見た目の小ささとは裏腹に質量さえ感じられそうなそれらは、確実にシェリアの精神力を蝕み、同時に恐れ慄いている。
 更に同時に、彼女は理解した。これが正真正銘の神なのか、と。
 目の前でナチュレの様子を窺っているアラクネからも相当なオーラを感じるが、ナチュレはそれ以上だ。
 今ここでシェリアがその重圧感に耐え、震えもせずに自分の足でしっかりと大地を踏みしめているこの状況。これも本来であれば、常人ではとても敵ったものではない。それを見たところ、彼女が持っている戦闘能力の高さが窺えることだろう。

「我——来たれり——古より、神々——」

 途切れ途切れで話すアラクネの独特な口調からは、誰でさえも、言葉の意味が理解できなければ真意も読み取れない。

「相変わらず訳の分からんこと抜かしおる……」

 それは例え神であっても、全く以って分からないのである。
 それでもナチュレは、どんな意味不明な言葉を投げかけられても、今自分がやるべきことだけは見失っていないらしい。
 彼女は杖を構え、アラクネへの戦闘意思を示した。

「まあ何れにせよ、そなたがここにいるのは罪じゃ。滅す!」
「っ!」

 滅す。その台詞と同時に、ナチュレの目つきが更に変化した。
 その若草色の瞳には慈悲の欠片もなく、ただ無情に天罰を下す——そんな神が持つ厳しき心の表れだ。

 それからというもの、シェリアは戦闘に巻き込まれないように自分の身を保護するだけでも精一杯であった。ナチュレが放つ様々な自然現象が、過酷すぎる環境を作り上げるのである。
 まず、唐突に数多の落雷が発生して樹海の木々を尽く燃やし、大地を貫き、地割れが起きたその隙間からはマントルに溜まった溶岩が大量にあふれ出してきた。
 それも1度だけに留まらなかったので、この時点で既に周囲は、宛ら誕生したばかりの星と同じ環境下と化していた。
 落雷を起こした雲が多大なる量の雨を降らせるため地盤は一気に緩み、さらには立て続けにやってくる落雷の衝撃もあって地面は次々に割れていき、それに合わせて溶岩が幾度となく噴出しているのである。
 しかしその中でも蠢いているのが、ナチュレの力によって保護された食虫植物たち。
 通常の何倍にも巨大化したそれらは、ただアラクネを捉え喰らわんと、次から次へとアラクネへ襲い掛かっている。

 だが、アラクネも負けてはいない。
 アラクネが持つ独特の体が植物達の攻撃を受け流し、崩れ行く安全地帯を確保するため、その液状の全身を生かして次から次へと回避もあわせて移動を繰り返している。

 それは正に、神と悪魔の壮絶なる戦い。
 最早人間が入り込めるような次元ではなかった。
 だがシェリアは、そんな中でも1つ気がかりなことがあった。
 レクトたちの行方である。

「な、ナチュレ!」
「安心するがよい!」
「!?」

 轟音の中で柄にも合わず叫び声を上げたシェリアに対し、ナチュレの答えははっきりと聞こえてくる。

「そなたの攫われた仲間とやらは、全て集落へと返しておいた! ここは我に任せ、そなたは逃げるがよい!」

 ——その言葉が本当かどうかは確かめようがない。だから、シェリアはナチュレを信じることにした。