複雑・ファジー小説

Re: 虚空のシェリア ( No.4 )
日時: 2014/09/06 15:11
名前: 煙草 (ID: lY3yMPJo)

 一体、何事だ。何が起きたというのだ。
 その後シェリアと歩夢が、訓練の目的地である"混迷の森"付近の石切り場まで来たときである。2人の言葉無き会話と考えが、一字一句のずれなく一致したのは。
 確かにその場では、訓練が行われていた。しかし、残っているのは狼の死体と各種武具という痕跡のみで、今現在この場には人っ子1人さえ居やしない。
 歩夢は震える腕を必死になって抑えつつ、拳銃のセーフティを外して臨戦態勢をとった。シェリアもそれを見て倣い、あらゆる属性の魔法から成る、数多の投擲ナイフの準備をする。

「これ、アッシュの剣じゃない?」
「……多分」

 そんな歩夢が見つけたのは、彼と一番仲が良いと言っても過言ではないライモンディ一族の子"アッシュ"が使用している武器。その適度な刀身を持つロングソードは初心者でも扱いやすく、手に馴染みやすい青銅製の剣である。返り血に混じって、それには何か黒い液体が付着している。

「……」

 その剣に付いている黒い液体を見てシェリアは、僅かに眉根を顰めた。
 珍しく感情を露にした彼女に、歩夢がどうかしたかと尋ねる。

「これ、アラクネ」
「アラクネ?」
「うん」

 アラクネ。それは黒いタールのようなモノから成る身体を持つ、軟体生物とも言い難い謎の生命体。
 ライモンディ一族対して敵性を示しているのか、稀に数多の強力な獣を従えて集落を襲うことで知られるアラクネ。毎度毎度シェリアを初めとするライモンディの戦士達に返り討ちに遭うが、それでも懲りることなく、一定期間の後にアラクネは集落を襲うのである。
 その最大の特徴は、人の言葉を話すこと。

「毎回、自然がどうのって意味不明な発言してく」
「意思精通はできない、みたいな?」

 歩夢の問いに対し、シェリアは黙って頷いた。
 アラクネは集落を襲うたび、人の形をとっては謎の言葉を並べる。しかし意思精通が出来ていない所為か、アラクネはライモンディ一族の問いに答えたりなどはしてこなかった。ただ黙っているだけで。

「多分、アラクネがこの近くで出た」
「それで、みんなやられちゃったと。……何だかすごく大変な事態に直面してる気がする」

 不安げな歩夢を傍目に、シェリアは警戒心を露にしつつ、森の奥へと目を向ける。
 地面には、アラクネが這っていった痕跡もある。アッシュの剣についた黒い液体と同じ、黒く細い筋が。

「この奥かも」
「えぇ!? も、もしかして行くの!?」
「当然」
「ま、まってよシェリア! ここって迷いの森でしょ!?」

 歩夢が焦るのも無理はない。
 シェリアの瞳の先。そこに広がる森こそが迷いの森であり、その名の通り、一度入ったら脱出はほぼ不可能とされている。原因は入り組んだ道無き道に、鬱蒼としていて日の光さえ差し込まない雑木林。そして何より、磁気を含む地面の土だ。地面の土に磁気が含まれているともなれば、当然方位磁針が機能するはずもなく。それ故に、迷いの森と名付けられたのである。
 だがシェリアは、どうしてもその森に足を踏み込むつもりらしい。

「もしかしたら、レクトたちがいるかもしれない」
「だ、だけどさぁ……」
「じゃあ歩夢、集落に戻って誰か呼んできて。私はここで待ってる」
「わ、わかった!」

 走り出す歩夢。その速さは宛ら、火事場の馬鹿力が発動したかのようである。
 そうして集落からの助けを待つことにしたシェリア。しかし、どうもじっとしていられない。
 特に、この先にアラクネに捕まった集落の子供達がいる。そう考えるほどに。

『……』

 彼女の足が、森の入り口へと向く。