複雑・ファジー小説

Re: 常闇の魔法青年-Twilight of Anima- ( No.2 )
日時: 2014/06/28 16:49
名前: 紅 (ID: gOBbXtG8)
参照: 一話〜魔法で創られた世界〜

 気付けば、淳也は知らない場所にいた。ワープした、という表現が正しいのかもしれない。
 そこは穏やかな水流の辺ではなく、どこかの住宅同士に挟まれた比較的狭い通路だった。
 しかも先ほどまで夜空が見えかけていたはずが、今や何故か太陽が真上にあって真昼間なのである。

「ここは、どこだ?」

 独り言紛れに、淳也が少女に問うた。

「ここは魔法で創られた世界よ」
「魔法で創られた?」
「そう。先ほどまで貴方がいた世界じゃない。俗に言う、異世界って所ね」

 少女は髪を風に靡かせ、振り向いた。

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は、朝比奈暁美。覚えといて」
「あ、あぁ……俺は淳也。千影淳也だ」
「淳也、ね。よろしく」
「よ、よろしく……お願いします……?」

 何故よろしくしなくてはいけないのだ。自分をここへ連れてきた理由も明かさないままに。
 淳也は様々な感情を瞳の奥に宿したが、暁美と名乗った少女はそれに気付かないまま話を続けた。

「色々信じられないだろうけど、まずは聞きなさい。貴方は本来、こちらの世界に住んでいるはずの人間なのよ」
「俺が、この魔法で創られた世界に?」
「そうよ。証拠は何より、貴方が魔法を使える事……」

 暁美は近くにあったベンチに座る。
 貴方も座ったらどう、と言われ、淳也も彼女の隣に座った。
 鉄製のそのベンチは酷く座り心地が悪い。学校の椅子のようである。

「貴方がまだ幼い頃の記憶、残ってるかしら? 多分、変ないざこざが脳裏に焼きついてるはずよ」
「幼少期の記憶、か……」

 淳也は追想を始めた。対象となる記憶は、自分自身が小学生になる前。


  ◇ ◇ ◇


「パパ、何してるの?」
「魔法を使って、ママの病気を治しているんだよ」
「すごいね! 僕も出来るかなぁ?」
「あはは、大きくなったらな」

 そうだ。今になって思えば、今は亡き父親は昔から不思議な力を持っていた。
 どんなに重い病気でも、どんなに酷い怪我でも、たとえ不治の病でさえも、全て彼は手を触れるだけで治していた。
 その不思議な力を、確か自分で魔法と言っていた。


 時は経ち————


「パパ、どこ行くの?」
「淳也がついてきちゃいけない場所だ。お前はここで、ママと暮らすんだ」
「やだ! パパ、行かないでよ!」

 不思議な紫色の空間が、扉の向こうに広がっている。
 その扉は、路地裏にあった。胡散臭い風貌の扉がポツンとそこに。
 今までその扉は放置されていたが、今になって思えば、あれは魔法で創られた世界への扉だったのだろう。
 そして恐らく父親は、その世界へと行ったのだ。


  ◇ ◇ ◇


「あぁ……確かに、妙な記憶が焼きついていたな。普段何とも思っていなかったが……」
「でしょう? 貴方の親父さんはきっとこっちの世界で、まだのんびり暮らしているはずよ」
「じゃあ、俺の母さんは……」
「ご明察。貴方のお母さんはあちら側の住人なのよ。……ふふっ、世界を跨いだ恋愛だなんて、ロマンチックね」

 小さく笑っている暁美を他所に、淳也は一度に色々なことが起こり過ぎた所為か、何か複雑な感情を抱いていた。
 幼少期の記憶が再生されて思い出した内容と、自分が魔法を使える事。
 それを考えれば、この暁美と名乗った少女が言っている事が全て真実だという気がしてならない。
 しかし、どこか半信半疑、或いは完全に心のどこかで全てを否定している自分がいる。

 淳也は一先ず、何故自分をここへ連れて来たのかを聞く事にした。

「それで、何故俺をこっちへ連れてきた?」
「さっき言ったように、貴方は本来こっちにいるべき存在なのよ。それ以外に理由があって?」
「俺はそんな気がするが……」

 暁美は最初に淳也と出会ったとき、時は来た、などという不可解な言葉を発していた。
 それを踏まえて今の状況を考えると、とてもそれだけが理由とは思えない。
 もっと重大な何かと、無関係ではない気がしてならないのだ。

 暁美はしばらく淳也の反応を見て驚いたような表情を浮かべていたが、その表情は直ぐに引っ込んだ。

「あら、案外馬鹿ではないのね」
「自慢というわけじゃないが、これでも成績は良いほうだ」
「ふふっ、それは失礼」

 暁美は淳也から目線を外し、狭い路地の隙間から見える僅かな青空を眺め、話し始めた。

「そう。貴方をここへ連れてきた理由は、そんなしょうもないことじゃないわ。この理由がなければ貴方は今頃、まだ向こうの世界でのんびり暮らしていることでしょうね」

 彼女の話し方が重くなったのを感じ、淳也は眉を顰めた。

「貴方には、この世界を救って欲しいのよ。魔法で創られた世界を」