複雑・ファジー小説

Re: 媚薬と血飛沫 ( No.1 )
日時: 2014/06/22 19:38
名前: 不死鳥 (ID: gOBbXtG8)

 少女は家に帰宅した。
 玄関を開けると、黒装束に身を包んだ男が1人、彼女を出迎えた。
 歓迎するかのように、男は両手を芝居じみた仕草で大きく広げる。

「身体を張った暗殺任務、お疲れ様でしたリーファ様」
「当然。まず、私も殺したかったし」

 リーファと呼ばれた少女が放った言葉に、男は顔を引き攣らせる。
 相変わらず真顔で物騒なことを言う。一体何処でどんな環境の下で育ったら、こんな風になるのやら。
 男は恐らくは一生晴れないであろう疑問を抱えつつも、懐から封筒を取り出した。

「そ、そうですか。では、これが今回の報酬となります。上のお方が褒めていらっしゃいましたよ」
「——これで報酬分か。文句ないね」

 リーファは封筒を受け取って中身を見た。配当金は1000万。
 身体を張った、リスクが大きかった、時間がかかったなどを踏まえての報酬だが、それでも高い方だ。
 リーファは男の手の甲に一度だけ口付けすると、1000万を懐にしまってそのまま玄関から家を出て行った。

 しばらく男は硬直していた。
 予想外のリーファの行動に、現実を受け入れられなかったのかもしれない。
 すると彼の背後から、同じ黒装束の別の男がやってきた。

「やれやれ、君も相変わらずだねぇジェームス」

 皮肉じみた仕草を以って発された言葉に、ジェームスと呼ばれた男は慌てかける。

「いや、違うぞ! 俺はリーファ様に惚れていたわけではない」
「おいおい、誰もそんな事聞いてないだろ?」
「っ!」

 嵌められた。
 ジェームスは大きく溜息をつき、それと同じくらい大きく肩を落とした。
 この男〈シュウ〉と一緒にいると、どうも調子を狂わされる。

「あはは、冗談だよ冗談。そんなことより、リーファちゃんはもう出かけたのかい?」
「リーファ様、だ! 全く何度言えばわかることやら……あぁ、そうだ。リーファ様は目的地も告げずに出かけられた」
「ふうん。心配だし、誰か護衛を付けさせようか?」
「いや、必要ないだろう。何せリーファ様だ。あのお方を狙う輩など、返り討ちに遭うだけだ」
「ま、それもそうだね」

 いまいち腑に落ちないといった様子のシュウ。
 それでもジェームスの言い分で無理矢理自分を納得させ、部屋に戻っていった。
 残されたジェームスも、自分専用の部屋に戻ることにした。


  ◇ ◇ ◇


 右手にナイフ。左手に媚薬。これが少女〈リーファ〉のモットー。
 今日も彼女は、性的快感と人殺しという至福の悦楽を求めて町を行く。
 それでも、罪のない人を無闇に殺すわけにはいかない。
 故に"暗殺の仕事が自分に来るまで"は、殺戮衝動は抑えておかねばならないものだ。
 だが、抑えきれない殺戮衝動は何故か忽ち性欲へと変わり、結果的には欲求を満たすことが出来る。
 便利なのか不便なのか、よく分からない癖だ。

 ふと、人気(ひとけ)のない町でリーファは肩から提げている鞄の中を見た。
 自分にとっての悦楽を満たすための道具と、多額の資金だけが入っている。
 リーファはそのうちのナイフを取り出し、先ほど付着した血を拭き始めた。
 手入れを怠っては、悦楽を満たすどころか暗殺の仕事もこなせない。

 暫くもしないうちに手入れを終えたリーファ。
 ナイフをしまうのと同時に、人がいないことを良いことに下着を全て脱ぎ、鞄に突っ込んだ。
 そして果てにはワンピースさえも脱ぎ、まさに一糸纏わぬ姿となった。
 野外での露出。これも、彼女にとっての悦楽の1つである。

「っ……」

 ただ、こんなところで媚薬を使っては取り返しのつかないことになりかねない。
 あくまでも程々にしておく。彼女に僅かに残る理性が、やっと媚薬の使用を禁止する。
 彼女は自分の理性に感謝さえしていた。過ぎたるは及ばざるが如し、であるのだから。

 やがて5分ほど全裸で町を歩き、誰にも見つからなかったことに彼女は満足して服を着始めた。