複雑・ファジー小説
- Re: ××異能探偵社×× 【執筆中。】銅賞ありがとうございます ( No.70 )
- 日時: 2014/09/03 20:57
- 名前: るみね (ID: 8hBaEaJR)
第捌話 [墓地]
【帝都拾参区】。
広大な【帝都】の中で最も治安が悪く不安定な地区。
無法者が入り乱れ、闊歩し、軍警もその治安を放棄しているこの地区では、全うな商店など無いに等しく、ボロボロの闇市や酒場の看板が下がり、薄暗い路地には人買いやら売人やら怪しい男たちや危険な空気を纏った人間がたむろしている。
そんな暗い通りが並ぶ一つの道に我が物顔でたむろしていた男達は奥から響いて来た乾いた下駄の音に動きを止めるとスッと道をあけた。
その間からこの空間に似合わない白い服を纏った黒髪の美人が現れた。透けるような白い肌は薄化粧で整った顔立ちが良く生えている。少し遅れて赤みを帯びた茶髪に燃えるような赤い瞳の男が続く。
「お帰りなさい、禅さん」
水無月小夜が薄い微笑みで迎える。
「ただいま、小夜。__焔も」
男、陣刀焔は軽く会釈を返した。その間も一行は歩みを止めず更に通路の奥に進んだ。
「ちゃんとできたの?」
「出来たに決まってんだろ!ちゃんと殺しといたって」
小夜のからかうような言葉に悠真は頬を膨らませて言い返す。
「で、なんで路佑はダウンしてるわけ」
焔が面白そうにボロボロの路佑を見つけると聞いた。その言葉に路佑の表情があからさまに不機嫌になった。
「なんだよ?やられたのか?誰だよ、探偵社のやつか?縁か?東郷か?園村か?暮葉か能登か……それとも」
絶え間なく言う焔の言葉と名前に路佑の顔が更に不機嫌になるが、その一瞬を焔は見逃さなかった。
「ハッ、東郷か!あの甘い野郎にやられたわけ!?」
「…………」
「ちょっと、焔」
さすがに小夜が諌めに入るが焔はまったく気にも止めていない。
「油断でもしたか?あいつの異能は知ってんだろ?」
「…………それ以上言ったら」
「やるか?」
口を開いた路佑と焔の間で殺気が交差する。
「焔。それぐらいにしとけ」
禅十郎の言葉にさすがに焔も両手を上げて路佑からはなれた。
そこではじめて少し離れた場所を歩く桃矢を見つけた。
「……なんだ、お前もか。てっきり逃げ出したのかと思ったぜ?」
「……お久しぶりです」
桃矢は会釈を返しつつも、久しぶりに訪れたこの空間に吐き気を覚えていた。
周囲にいる血の気の多い男達は相変わらず、目の前に立っている以前は”櫻”の同僚として見ていた人間達も自分の異能を知った今では違う感情を抱いてしまう。
今目の前で繰り広げられる殺伐とした会話も空気も。それは異能探偵社の人間達との会話で感じていた心地よさとは何処かが違う。
黙った一行は入り組んだ路地を二度三度右折左折を繰り返し古い建物の前に立った。
レンガで出来たその古い建物は周囲の高い建物に囲まれているようで一様に怪しい雰囲気を孕んでいた。
【亡霊】の拠点だ。
花が先頭に立って扉を開け、他の面々はその後に続いた。中の廊下は外見と違って簡素だが整えられた空間だった。最低限の明かりしかないが汚いと言う印象はない。
そこをさらに進んで開けた空間に出た。
【亡霊】の構成員達が拠点に使っている空間で、開けた工場跡地のようにも見える。
そこにも数人の人間達が集まっており、彼らも到着した禅十郎一行を見ると立ち上がって敬礼した。
「あぁ、黒尾さんおかえりなさい〜」
「お疲れさまです」
軽い調子で声をかけたのは色素の薄い灰色の髪、桃矢とあまり歳の変わらない少女だ。女性の割に高い身長と厚着のせいでかなり大柄に見える。【亡霊】で”桃矢”に対して普通の態度を見せた数少ない人間である輪状斑だ。
斑の隣に立っているのは長い黒髪をひとつに結った女性だった。小柄であまり化粧をしていないが深緑色の瞳で禅十郎たちを見ると会釈した。桃矢には見覚えの無い人間なので、新入りらしい。
「とりあえず、桃矢は【墓地】にいってもらおうか」
散らばっている資材のひとつに腰をかけた禅十郎はこともなげに言った。
「え……?」
「逃げた罰だよ」
いつもと変わらない感情の読めない不敵な笑み。
その台詞に焔がニヤニヤ笑った。
「まさか、大人しく帰ってくればなんのおとがめもなしで、あの探偵社の奴らも巻き込まずにいられると思ってたのか?」
桃矢の心を見透かしたような言葉。
【墓地】とは建物の最上階にある簡単に言えば監禁部屋だ。
「のぶ子。連れてけ」
唖然とする桃矢をあざ笑うように斑と一緒にいた黒髪の女性に焔が言うが、少し考え込んでいた禅十郎はいいと言うと隅にいたチンピラの一人を呼んで桃矢を連れて行かせた。
「俺たち【亡霊】はあの探偵社の連中みたいなお人好し集団じゃないんだよ」
何も言えない桃矢をひきづるようにして、桃矢は【墓地】に連れて行かれた。
「失敗も逃亡も同じだ」
_____だから、お前は甘いんだよ。”桃矢”
「黙ってろ……」
【墓地】に監禁されて三日目。
建物の最上階と言っても窓なんて呼べる物は無く、小さな空気穴から一筋の光が差し込んでいるぐらいだ。むき出しの電球が下がっているので暗くはないが、部屋はくみ上げられたレンガをそのままにしたような冷たく固い部屋で落ち着こうにも落ち着けない。
別に食事を取り上げられているわけではなく、日に二回。のぶ子が運んで来た。それがあるだけまだマシなようだが、両手に繋がる鉄の枷が余計に桃矢の心を沈ませた。
そしてなにより、この薄暗く冷たい空間が桃矢の昔の部屋を思い出させた。
なにか失敗をするたびに、桃矢の両親は幼い子供を容赦なく部屋に閉じ込めた。
気に入らない事があれば、殴った。櫻も一緒に。
そして____
____櫻は親を殺した
フッと湧いた気配。
禅十郎に話された事でもう桃矢ははっきり自覚していた。
自分の中にいる櫻の存在を。
そして、自分がやってきた記憶も。
幼い頃。桃矢と櫻は双子として一緒に育った。
桃矢達にはなにも問題なかった。しかし、両親は桃矢達に対して一切の愛情が無かった。
彼らにとって桃矢は単なるストレスのはけ口でしかなかった。
虐待、暴力、体罰。
閉じ込められたくらい部屋。
それでも桃矢は絶えられた。櫻が助けてくれたから。しかし、そうやってずっと桃矢をかばってきた櫻は絶えられなかった。
ある日の朝。
起きた桃矢がリビングで見つけたのは部屋中に飛び散る血とその血の海で倒れる両親、二人を見下ろす櫻の姿だった。
「…………櫻」
強ばる声で問いかけた桃矢に櫻は満面の笑みを浮かべた。
「……大丈夫。桃矢を怖がらせる奴らはもういない」
その笑みは今でも桃矢の脳裏にこびりついている。
血の似合わない純粋な笑み。
その後はもうほぼ”桃矢”の記憶には無い。
禅十郎に拾われ、櫻にくっついて盗みから犯罪の見張りの手伝いまでやった。
櫻が異能者であると知られるやその仕事はどんどん過激な物に変わっていった。そして、初めて桃矢も手伝った仕事。そこで櫻の記憶がぼやけている。
禅十郎が言う言葉が本当ならそこで櫻は死に、桃矢のなかで”櫻”が生まれたのだ。
それでも桃矢は気づかず、”櫻”として【亡霊】の仕事を続けてきた。すべては桃矢を守るために。桃矢は櫻は生きていると信じ続け、人格の主導権は”櫻”が握ってきた。
しかし、あの小鳥遊家の暗殺と裏切り者である男の処刑で、初めて”櫻”が揺らいだ。
____俺には弟がいるんだ!あいつのためにも死ねないんだよ!!
男が死に際に”櫻”に懇願してきた言葉。
桃矢を守るために生まれた人格である”櫻”にその言葉は直にきた。その動揺で”櫻”は初めて桃矢に人格を奪い返された。
”櫻”を人格でなく本当に存在していると感じている桃矢に。
【亡霊】を嫌う桃矢は"櫻"の人格を感じぬままに逃げ出し、そして……
____探偵社に拾われた。
「……」
____ったく、暢気な奴だよな。桃矢は。
気配と響いてくる声。いままでは存在している相手と思っていても真実を知らされた今は平然と反応を返せない。
「もう消えてくれ……」
皮膚に爪が食い込む程強く拳を握りしめてしばらくすると気配は消えていた。
ため息をつくと軽くドアがノックされて施錠が外れる音がした。
「朝ご飯」
握り飯と水の入ったコップのプレートを持って入ってきたのは、のぶ子だった。
ここ数日桃矢に食事を運ぶのはもっぱら彼女の仕事だ。
「……どうも」
言葉少なに返事をする。
「異能者なんでしょ?逃げようとか思わないの?」
鎖をジャラジャラ言わせてプレートを受け取る桃矢にのぶ子が聞いた。面識があまり無いためか言う事が容赦ない。
「出来たらやってる」
禅十郎に向かっていったあの異能を発言させようと何度も試みたがどうやって異能を使っていたのかも分からない。わからないものを使う事も出来ない。”櫻”はしきりに桃矢に向かって囁き続けたが人格が入れ替わる事が怖くてその声を無視し続けていた。
ふぅんといったのぶ子はさっと腰を上げた。
「ま、出来てもそんなことしない方があんたのためね」
禅十郎に知られる事を言っているのだろう。
「大人しくしてなさいよ、くれぐれも!」
のぶ子は念を押すようにそれだけいうとさっさと部屋を出て行った。
「…………はぁ」
ため息をつきながらもご飯をほおばる。
「探偵社の皆。大丈夫かな……」
思わずそんな言葉を呟いてあわてて頭を振るとその考えを消した。
もう自分は彼らと関わっては行けないのだと。
と、不意にその耳が微かな音を捕らえた。
カツ……コツ………
なにかを砕くような叩くような本当に微かな音。
別にネズミが走っているわけでも廊下に誰かいるわけでもない。しかし、その音は確実に聞こえていた。
その音をたどると桃矢の対面のあの空気穴のあいている場所だ。
よく見ればそこから見える小さな丸い視界にちらちらと黒い影が動いている。
そしてその穴から何かがじっと桃矢を見ていた。しかし、それは一瞬ですぐに影は消えた。
「…………?」
首を傾げたとたん。
軽い衝撃と爆風とともに桃矢とは反対側の壁が崩れ落ちた。屋根に大穴が空き三日ぶりの太陽光が桃矢を照らして思わず目を細めた。それでなくてもレンガが崩れた埃やらで視界はかなり制限されていたのだ。
驚いたのは桃矢だけではない。
扉の外で見張っている二人の男も何事かと銃を構え飛び込んできた。
「なんだ!」
「なにやりやがった!?」
聞いてきても知らない事には答えられない。
男たちは油断なく煙で濁った視界の中銃を向けた。
何かがいる。
その気配の中現れた黒い影____
「……カラス?」
気の抜けたように男が呟いた。
土煙から現れたのは大型のカラスだったのだ。ヒョコヒョコと歩いている。
「シッシッ!」
一人が手で追い払うような仕草でカラスを追い立てながら部屋に桃矢以外誰もいない事を確認する。
「敵襲か?にしても……」
その時男はふと目の前の男を恐れるでもなくみじんも動かないカラスに違和感を感じる。
まるで興味深い者でも見るように男を見上げるカラス。
そして、カラスが無造作に翼を広げ、扉近くに立っていた男の顔色が変わった。
「離れろ!そいつは_______
まるで何かの早送り映像でも見ているかのようだった。
目の前にいたカラスがみるみる膨らみ、振り上げられた巨大な足の強靭な鉤爪が目の前にいた男の首をつかむと強引にその体をひねった。
首の骨が折れる嫌な音と扉近くの男の撃った銃弾がその男の体にめり込む。
そして動揺した男がもう一発を打つよりも先に、盾にした男の影からのびた拳が男を壁に叩き付けていた。
脳震盪で昏倒する男を踏みつけたその人物を桃矢はあっけにとられて見上げていた。
「相変わらず間抜け面だねぇ」
すっかり羽根が消え去った牡丹はまるで迷子を見つけた母親のような軽さでフッと桃矢に笑いかけた。
「迎えにきたよ」