複雑・ファジー小説

Re: ××異能探偵社×× 【9/3更新】 ( No.73 )
日時: 2014/10/05 14:37
名前: るみね (ID: 8hBaEaJR)

  第釟話_弐


「ぼ、牡丹さん……」

 目の前に現れた女性を桃矢は呆気にとられて見上げた。
 もう二度と関わってはいけないと決めた探偵社の気の強い女性は、そんな桃矢の顔を面白そうに見下ろしていた。

「なにぼさっとしてんだい。それともこれが夢だと思ってんの?」
「いえ……」
「ならさっさと立ち上がってこの部屋でな」
 倒れている見張りの向こうに開いているドアを顎でさす。
「でも、俺手錠……」
「それなら大丈夫」
 そういうと牡丹はおもむろに倒れている男の腰にあったナイフを取り上げた。
 大振りの軍用ナイフだ。
 それを手にすると笑みを浮かべて桃矢に近づく牡丹を見て桃矢の背筋に鳥肌が立った。
「え、え?」
「動くんじゃないよ?」
 振り上げられた腕を見て桃矢は思わず目を瞑ったが部屋に響いたのは金属の砕ける破壊音だけだった。
 おそるおそる目を開けると床と繋がっていた手錠の鎖が途中で見事に破壊されていた。

「やっぱ上手く切れないもんだね」
 刃こぼれしたナイフを一瞥して部屋の隅に投げる牡丹を見て改めて桃矢は恐怖を感じた。
 今牡丹はナイフを使ってほぼ自分の腕力のみで頑丈な鎖を叩き壊したのだ。
「……」
「なにぼーっとしてんだい!さっさと立つ!また捕まりたいのかい?」
 その言葉で桃矢は少し黙った。
 【亡霊】も間抜けではない。【亡霊】に楯突いてまでこのアジトに潜入し、あっさりと見張りを制圧出来るような人間がこの地区にいない事は知っている。
 そこで桃矢がいないとなれば確実に相手に気づくだろう。そして牡丹に助けられる事は即ち、【亡霊】と【異能探偵社】を完璧に対立させる事を意味する。
 しかし、躊躇していたのも牡丹の何の迷いも躊躇いも無い瞳を見るまでだった。

____この人は本気だ。

「いいえ!ないです」
 桃矢の言葉に牡丹は満足そうに笑った。
「なら動く!」
「ただ、牡丹さん。これ、肝心の手錠が繋がったままなんですけど……」
 確かに床には繋がっていないが両手は相変わらず手錠に拘束されて自由に動かせない。
「あぁ、それは無理」
「は!?」
「ナイフ欠けちゃったし……、か弱い乙女は物騒な武器とは無縁なんだよ」
 か弱い乙女の部分に激しい疑問を覚えるが突っ込む事は出来なかった。
 外廊下から爆発を聞きつけた構成員がやってきたからだ。

「桃矢のせいで時間がずれた……」
 理不尽な怒りを向けながら牡丹は鋭い目で足音の方を睨んだ。
「桃矢はすぐにこの部屋抜けて階段を下りな」
「え、ちょっと!これは?」
 ジャラっと音をたてて手錠を見せるが、
「それは下いきゃどうにかなるから」
「おい!てめぇら!」
 丁度部屋にたどり着いた男が目の前の光景に慌てて銃を向ける。
「急ぎな」
 牡丹はそれだけ言うと瞬間に体全体が黒い羽根に覆われ、その身体が弾けるように崩れると無数の小型の鴉に変化した。
「!?」
 目の前の光景に怯んだ男の横を牡丹であった鴉にまぎれて桃矢も驚きつつも急いで飛び出す。そして再びやってきた足音を避けるように人気のない階段を駆け下りた。
 小型の鴉は桃矢のそばをすり抜けるようにバサバサと飛んでいく。
 鴉に気づいた構成員達の喧噪や銃声が微かに聞こえてきた。

 この混乱のスキに逃げ出せってのか……。

 なんとなく察しがつきはじめたがそこで致命的な事に気づく。

「どこだ。ここ……」

 閉じ込められていた【墓地】から何も考えられずに必死に階段を駆け下りたので、桃矢は完全に現在地を見失っていた。
 元々このアジトは侵入者用に複雑な建物を更に複雑に建て増ししている。
 窓はあっても人は通れないような小さい物でとてもじゃないが出られない。
 しかも、この手錠だ。
 たとえ桃矢の事を知らない構成員がいたとしてもこの手錠を見られればすぐに怪しまれる。
 あせる桃矢に畳み掛けるように誰もいないはずの廊下に気の抜けた声が響いた。

「あれ?そこにいるのわ……」
「!!」
 桃矢が振り返るとそこには灰色の髪に厚着の少女が立っていた。

「輪状……」

 そう呟く桃矢に対して彼女、輪状斑は冷静だった。
「あんた、黒尾さんに【墓地】入れられたんじゃなかった?」
「……」
「なんかさっきから騒がしいし……、これもあんたのせい?」
 周囲から聞こえてくる銃声に斑は顔をしかめた。

「で、あんたはここから逃げるの?そう簡単にいけると————

 斑の言葉は不意に現れた気配の頭への強烈な回し蹴りで強制的に中断させられた。
 斑の身体が横に吹き飛び頭から壁に激突した。
 悲鳴も無く頭蓋骨から血を流す斑を目で追ったが、その回し蹴りの主に気づいた桃矢は固まった。

 不機嫌そうな鋭い深緑色の瞳で桃矢を睨んでいるのはのぶ子だったのだ。
「ったく、危なっかしいったらない」

「のぶ子……さん? なんで」
 桃矢の疑問の言葉に対してのぶ子はキッと睨みつけた。

「とりあえずこっち来い!」
 桃矢の疑問には答えずのぶ子は昏倒している斑をほうっておくと廊下の影になっている場所へ桃矢を引っ張った。
 そうすると桃矢の腕を強引に掴みポケットから取り出した鍵で手錠を外してくれた。
「な、なんで助けてくれるんですか……」
 見ず知らずの彼女に助けられ訳が分からない桃矢だったがのぶ子はイライラした声でかえしただけだった。
「仮にも古巣だろ!?道ぐらい覚えとけ。」
「す、すいません」
 容赦のない言葉に思わず謝る。のぶ子は桃矢の言葉にもあまり答えず呟くように愚痴る。
「ったく、バカヒトがお前を拾った時から厄介事になると思ってたんだ……」
「すいませ…………」
 謝りかけてとまる。桃矢にとってその単語は聞き覚えがありすぎた。
「もしかして……」
 その言葉にハッとのぶ子は桃矢を見た。
 桃矢の脳内でそののぶ子の鋭い深緑色の目にある人物が重なった。




「のぶ子さんって修兵さんの……?」
「…………違う」
 驚きで震える桃矢をのぶ子はイラッとしたように一瞥したのだが、次の瞬間その体つきが変化し始めた。桃矢と同じぐらいだった身長は伸びると骨格すら変わり、数回瞬きをすればそこに立っているのはいつものイライラした表情を浮かべている園村修兵その人だった。
 緩い服装をしていたためにそれほど服が窮屈というわけではないがそれでも落ち着かないようだ。
 しかし、それよりも桃矢の脳内は混乱しかなかった。

「あ、え!?え!!!なんで!?あぇ?」


 その様子に修兵は更に不機嫌そうに顔をしかめた。

「軍警の仕事で潜入捜査だ。文句あるか」
 確かに修兵は軍警から依頼を受けていた。
 その内容がこれか、と納得する一方でどうしても納得出来ないのは……

「さ、さっきの。あの、のぶ子さんは——」
 その名前に修兵はギロッと桃矢を睨んだ。しかし、すぐに深くため息をつく。
「……だから俺は嫌だったんだ」


「笑うなよ」
 殺気さえ感じる念押しに桃矢は愕愕と頷いた。
 修兵は少しためらうように黙っていたが決心を固めるとぼそっと呟いた。






「俺の異能の”男耕女織”は…………異能者の性別を入れ替える能力だ」
 


 少しの沈黙の後、桃矢は盛大に吹き出した。
「て、てめぇ。笑ッ——!!」
「わ、笑ってません!笑ってませんって!!」
 必死に取り繕うが修兵の殺気は収まらない。
 しかし、
 普段こんな様子で男っぽい修兵が異能でとはいえ女に変わるなど……
 必死に笑いを堪える桃矢の前で修兵は一人で後悔し続けていた。
「……だから嫌だったんだよ。俺は」

「敵のアジトで随分暢気ですね。あんた達」
 冷めた声でハッと桃矢も我にかえった。
 そこには先ほど修兵が吹き飛ばした斑がケロッとした顔で立っていた。
「いったいなぁ……、仲良くしてたのにいきなり頭蓋骨砕くとか非常識にもほどがあるよ?」
「殺すつもりの蹴りで平然としてるような奴に常識語られたくないんだよ」
 修兵は眉をひそめながら言った。

「無駄ですよ。修兵さん。輪状は殺せないんです」
「あ?」

「元のぶ子はそんなことも気づいてなかったの?」
 軽い言葉にあからさまに修兵の周囲の空気が冷え込んだ。
「私の”輪廻転生”の前で私に攻撃しても無駄なんだよー」


____ならその大事な異能が使えないならどうなるんだろうな


 不意に脳内に聞き覚えのある声が響いてきた。斑にまで聞こえているのかその顔色が変わる。
「徹!?」
 思わず叫ぶと脳内で徹の含み笑いが聞こえた。

「遅いぞ、徹!」
 ムッとしたように修兵が言った。


____姐さんが鍵開けるの遅れたんですよ


「あぁ……」
 確か予定が狂ったとか言ってたな……と桃矢は思い返す。

「ねぇ、何なの!?」
 唐突の謎の声に斑が混乱する。


____可愛い依頼人からそこの冬月桃矢くんを助けてほしいって言われちゃったもんでね

「依頼って……」

____桃矢が助けたあの子だよ

「……」
 
 数日前にチンピラに絡まれていた少女の事を思い出す。
 同時に少し離れた位置で派手な爆破音と衝撃が響いてきた。

「何!?」
 慌てる斑をよそ目に徹はわざとらしくため息をついた。






____ったく、感謝しろよ?探偵社の人間総出で動くなんて滅多に無いんだからな