複雑・ファジー小説

Re: ××異能探偵社×× 【10/5up!】 ( No.81 )
日時: 2014/11/03 19:16
名前: るみね (ID: 8hBaEaJR)


第拾話 [桃矢と櫻]



 子供の時から一緒だった。

 寝る時も
  ご飯を食べる時も
   遊ぶ時も




 両親から暴力を受ける時も。


 その親はオレが殺した。



          オマエ       オレ
 これからもずっと ”桃矢”を守るのは”櫻”だ








 肌を舐めるように通過した炎に小夜は顔をしかめると櫻から距離をあけた。

 目を覚ました”櫻”はその様子を見て楽しそうに笑った。
「水無月先輩も用心深いねぇ、オレなんか相手にそんな離れなくたって」
「くっ……」

 挑発的な言葉に小夜は憎々し気に顔を歪めた。
 小夜の異能は自分の身体の細胞に含まれる水分から細胞を氷に似た硬質な分子構造に変化させる。その外観はまるで磨かれたクリスタルに変化したように美しいが細胞一つ一つからなるその密度は弾丸や刃すらも防ぐ鎧になる。
 しかし、その特性上____

「熱に弱い……」



 ”櫻”の挑発的な言葉。

「だからオレをずっと嫌ってたんですよね?水無月先輩?」

「黙れ。くそ生意気な餓鬼」

 能力からみて圧倒的に不利なのは小夜だ。
 しかし、小夜はそんなハンデに微塵の不安も感じていないように視線を向けた。

 動きだしたのはほぼ同時。
 小夜の激しい足技が繰り出されるが”櫻”もそれをどうにか的確に裁いている。同時に熱を帯びた手でさばくのでその度に小夜の攻撃にカウンターを与える形で反撃していた。
 能力の相性が悪すぎる。
 身体能力では明らかに小夜の方に歩があるがそれにどうにか追いすがる形でも”櫻”は能力で確実に相手を追いつめる。
 そして、小夜の一瞬の隙をついて”櫻”の足が丁度蹴りを放った小夜の軸足を払った。
「!!」
 体勢を崩された刹那、”櫻”の腕が小夜の首を掴み押し倒した。
「 ッ!」
 顔を歪めつつも倒れた体制から膝を”櫻”のみぞおちに叩き込んだ。その衝撃に”櫻”も顔を歪めたが小夜の首をはなす事はしなかった。

「ッ、さっきとは逆ですね。先輩」
「……黙れ」
 言葉を絞り出すが小夜は自分を抑える手から熱を感じて言葉を止めた。
 そして、相手が何をしようとしているのかに気づいた。
「水無月先輩が焼けたら、全身溶けちゃうんですかね?」
「——ッ!?」


「桃矢……!」
 しようとしている事に気づいて我に帰った修兵が叫んだがその声で振り返った”櫻”は苛立たし気に言い放った。


「オレは、”櫻”だ!」

 ”櫻”の 手を炎が包んだ。
 小夜の表情に恐怖の色が浮かぶ。


____桃矢にこれ以上人を殺させてはいけない……



 しかし、いくら修兵でも距離がありすぎた。
 かけよって止めるには間に合わない。

「すまん、桃矢」
 銃の照準を”櫻”の腕に向けた。
 ”異能”は使用者の精神とも関わる。攻撃を受ければ衝撃で狙いははずされるし、集中が途切れれば”異能”の威力も弱まるか一時的に消えることもある。

 しかし、拳銃を構えた修兵を横から伸びてきた手が止めた。
「!?」







 激しい熱と炎を帯びた手。
「”桃矢”の敵は____」





                 ______…めろ



「全員____」


               ______やめ…







「殺す!!!」


 それは唐突だった。
 今の今まで”櫻”の腕が纏っていた炎が消え失せたのだ。
 自分の意志に反する”異能”の消失に”櫻”の思考は完全に混乱した。
「な、んで……」




             ______なんでもいいよ。



「!?」





             ______とりあえず、”櫻”は……



「ひっこんでろ!!!」

 桃矢の突然の叫び。
 しかし、その間の一瞬をついて小夜が桃矢の腕を払い、みぞおちに手刀を突き出そうとしたがその動きも止まった。
「”異能”が……」
 変化しない手を見つめ状況を理解出来なかった小夜と”櫻”の注意を引くようにいつのまにか修兵のそばに立っていた一人の男が咳払いをした。

「あいにく、”そこ”じゃ ”異能”は使えないよ」
 ヘラッとした笑みを浮かべる優男を見て小夜は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「狗木鷹人!!…………”治外法権”か」



「ご名答♪ 俺の”領内”は”異能不可”だからね」

 そして、小夜の横にいる青年に呼びかけた。
「ほら、そっちも”起きた”?」
 からかうような声に”櫻”から人格を奪いかえした桃矢は苦笑いを浮かべた。
「……うるさい、です」
「なら結構」

 勝手に話している様子にイライラした小夜の動きは迅速だった。
「”異能”が使えないのは分かった」
 跳ね上がるように飛び起きると弾丸のようなスピードで鷹人に迫った。


「……なら異能なしでやるだけ」

「ごめん」
 眼前に小夜の蹴りが迫っているというのに鷹人の表情は崩れない。

  、、、、
「”異能なし”ならこっちの方が上だから」


「は?」
 鷹人の言葉を理解するより先に小夜が感じたのは背後から感じた殺気。
「ッ!!」



「……女に変わる異能しかなくて悪かったな」


_____しまっ……



 微かな怒りのこもった言葉と同時に小夜の世界が回転した。

「!!!」

「だからって、俺を弱いって判断するのは”異能探偵社”を舐め過ぎだ」

 その言葉を最後に小夜の背に衝撃が走り、世界が暗転した。















 気絶した小夜を縛り上げた修兵に鷹人が拍手を送った。
「さっすが、修ちゃん」
「黙れ!その修ちゃんってのもやめろ!」
 キッと鋭い目で睨まれ、鷹人は大人しくホールドアップした。



____あぁ……、女に変わる異能だから修ちゃんって呼ばれるの嫌だったんだ


 一人納得する桃矢に鷹人が訳ありげな目線を向けた。
 それに気づいた桃矢は頭を下げた。

「さっきはありがとうございました……」

 鷹人が止めてくれたおかげで” 櫻”から人格が取り戻せた。
____人を、殺さずに……

 黙ってしまった桃矢の考えが分かったのか鷹人は軽く肩を叩くだけだった。

「で、今の状況は?」
 周囲を警戒しつつ修兵が聞いた。
「縁姐さんと創平の撹乱で大分掻き回してる。幹部連中も分散出来たみたいだし」


____今のところ問題なし

 徹の声も入ってきた。
「で、肝心の黒尾の居場所は?」

「なら問題ないよ」

 不意に入ってきた声とともに桃矢のすぐ横に見慣れた顔が現れた。

「紅魅さん!」
「無事合流出来たみたいね」
 いつもの気さくな笑みを見せるが空中に上半身が浮いているような状況なので、その光景に桃矢は複雑な思いで笑みを浮かべた。

「どこだ」
「ここにはいない」
「は?」
__逃げたっての?

「違う。あたしが探した限り黒尾禅十郎はここにはいない」
「……それって」
__やっぱ逃げたって事だろ

 紅魅の”五里霧中”は身体全てを煙に変え、あらゆる空間に入り込んで状況を把握する事が出来る。実態を持たない変わりにその空間の把握は容易だ。
 その彼女が探して見つからないとなるとそう言う結論に至ってしまうが、紅魅は頭を振った。
「違う。どうしても入れない空間もある。空気すら入れない密室は無理だし、風が強かったり、雨が降ってる屋外も無理」

「雨……」
 桃矢の呟きに紅魅は頷いた。

「この建物の地下にどうしても入れない部屋があった。”雨”が降っててね」

 桃矢の脳裏に禅十郎のそばにいる花の顔が浮かんだ。







「そこにいるんだな」


 修兵の言葉に紅魅は頷いた。






「…………行きましょう」
「平気か?」

 修兵に言われ桃矢は一瞬黙ったのちにフッと笑った。






「とりあえず、一発ぶん殴って”亡霊レムレース”潰してやりますよ」