複雑・ファジー小説

Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.9 )
日時: 2014/08/13 00:32
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: x0V3O7oL)

「そうですね、アスカ王子のように不思議に思う人もいらっしゃるでしょうね」

そう言ってハの字に眉を下げたイズミの表情は、元の優しい雰囲気を醸し出していた。
アスカとキリを順に見比べる。
その瞳には一切、負の感情は見受けられなかった。

「僕が半年で牢屋から出ることが出来た理由わけ……知りたいですか?」
「そう言ってさ。もし知りたくないって言われたらどうするつもりだよ」
「またまたア。そんな意地悪いこと言わないでくださいよお、王子ぃ」

途端、アスカが怪訝な顔をする。

「……お前、そんなキャラだったっけ」
「アスカ王子もですよう。そんなトゲトゲしかったですっけ?」
「オレは今まで通りだ」
「僕も、今まで通りです」

そんなふうにイズミとアスカの不毛なやりとりが続く中、黙ってなりゆきを見守っていたキリは、遂に耐えきれなくなって口を開いた。

「イズミさんはどうして牢屋から出れたの? と、言うか、一緒に尋問を受けてたアリスお姉さんは? 無事なの?」

キリから矢継ぎ早に質問されたイズミは、苦笑しながら、「ひとまず落ち着いてください」とキリをいさめた。
そうしてから軽く息を吐き出すと、ゆっくりと歩を進めて、大切そうに持っていた花束をカノンの墓石に手向たむけた。
その場にしゃがみ込んでしばらく黙って手を合わせる。
それから少しして、イズミは語りはじめた。

「姉さんも、僕と同じく軍の処罰対象だったのですが——アスカ王子の妹君ユメノ様たっての希望で、引き続き皇女様のお世話係をしています」
「ふうん……なんていうか、その……国王様、よくオッケーしたねえ」

ぼやくように感想を述べたキリに、隣で突っ立っていたアスカが口を挟む。

「多分、父上なりに反省してんじゃねーの。関係ない人たち巻き込んだんだ。いくらオレたちの先祖代々の復讐とはいえ、なにも、オレたちが2代続けてその者たちの未来を奪うことは……許されないだろ」

みるみるキリの顔がかげってゆく。
そうしてーー

「ウン…………そうだよね、アスカ」
「ああっ! いや、あの、そういう意味じゃなくてだな……」

アスカはキリの反応に慌てふためいて、隣でうなだれるキリに向き合った。
必死に弁解しようと適切な言葉を選ぶのだが、そのどれも当てはまらず、アスカは頭を抱えてしまった。
そんなアスカの姿を見兼ねたのか、イズミがあっけらかんとした口調で茶々を入れる。

「あらあら、まあまあ。相変わらずカッコイイこと言いますねえ、王子」
「うるせっ、イズミ」

イズミがクスリと笑う。
その考えもしなかったイズミの反応の仕方に、アスカは思わず、うっと言葉に詰まり、その様子をみてイズミは再度声を立てて笑った。

「ーーああ。いやあ、スミマセン」

目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭い、それからイズミはその場にすっくと立ち上がる。

「話を元に戻しましょうか。……僕が牢屋からどうやって解放してもらったか、ですよね」
「そうだ!」
「やはり、一国の王子たる者ーー気になりますか?」
「勿体ぶらずに言えよ。また牢屋にぶち込むぞ」

「おお、怖い」イズミは口を尖らせると、その口に自身の人差し指を押し当てた。
薄い唇を引き上げる。

「実は、解放してもらう代わりに国側から【とある条件】を課せられまして。……ね」
「条件?」
「コレです」

振り返ったイズミがぺらりと見せたのは、1枚の羊皮紙であった。
そこには、黒いインクで次のような旨が書かれていた。

Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎- ( No.10 )
日時: 2015/09/10 02:48
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: PFFeSaYl)

【昨今、ウェルリア王国の北東に位置する《ルルーヴ村》で多くの村人が忽然と姿を消すという事例が当方に数多く報告されている。此の謎を解き明かすこと、及びその犯人を捕まえてくること。ウェルリア王国】

「こりゃまた……大変そうだねえ」 

他人事のようにキリがそのような感想を述べ、

「フンっ。自業自得だろ」
「えーっ。冷たいよ、アスカあ」
「——そこで、です」

そう言って。


『ーーガシッ』


イズミは勢い良くキリの両手掴むと、その手を力強く握りしめた。

「キリさんに協力を要請します」
「ハイ……?」

主人公の手を握り締め、優しく微笑みかける優男(表面上)が1人ーーこれが少女漫画であれば、背景にはシャボン玉トーンが描かれ、確実に恋に落ちるシーンである。
が、しかし、これは少女漫画でなければ、恋愛小説でもない。
ましてや、今しがた協力を要請された内容というものがとんでもないものであることは、何も知らないキリでさえひしひしと感じていた。

「……あのお…………」

手を握られたまま、キリは上目遣いでイズミを見上げる。
その行動から「断られる」と瞬時に察したイズミは、即座にキリの言葉を遮っていた。

「そもそも、僕が国側に捕まってしまった理由なんですが……キリさんもご存知の通りです。けれど……言いたくはなかったのですが、少なくともキリさんにも、多少の責任があると思うんです。……いや、やはりこんなことは言いたくなかった。けれど、あの時キリさんが僕の元に現れなければ……僕は牢屋に入れられることは無かった…………!」
「勝手に時計店にやってきて踏み荒らしてったのはお前だろ」

キリの隣でアスカが不機嫌そうな素振りを見せてそうつぶやく。
構わずに、イズミの独壇場は続く。

「ーー今回の取引を受けたら、牢屋から半年ぶりに出られるってことじゃないですか。それはとても嬉しいのですが、なんでも『行方不明事件』を捜査しろ、ってね。僕1人じゃ心細くて……」
「一体、どの口から『心細い』なんて単語が出てくるんだよ」
「お願いします、キリさん。ほら、こないだ一緒に旅した仲間じゃないですか。ね? この通りです」

イズミはもう、アスカのことなどいないものとして話を強引に進めていた。
このかん、キリの両手はイズミに握られたままである。

「あのー……でも私ぃ……」
「ああ、もちろんタダで協力要請はしませんよ」

ニッコリと、輝く太陽のごとく朗らかな笑みを浮かべ、

「お礼に、美味しい料理を《フルコース》で用意させますから……」

刹那、キュピーンという効果音がキリの脳内で鳴り響く。

「まっかせてよ、イズミさん! もーう、つれないなあ〜。私でよかったら、いつでも力貸すってば!」

その変わり身の早さに、アスカは焦ってキリを諭す。

「オイ、キリっ……!」
「だってだよ、アスカ。美味しい料理をフルコースだよ?! 生きてる間に、一度でも良いから食べたかったんだあ〜、フルコースっ」
「お前、バッカか。んなもん、そんな危険な目に合わなくても——!」

『嫁に来たら沢山食べさせてやる』という言葉を、喉元ギリギリで飲み込む。
そうしてアスカは、してやったり顔のイズミを睨みつけるがごとく振り返った。

「てか、出所したばっかのイズミなんかが『フルコース』なんて用意出来んのかよ……!」
「ハイ? 僕は用意『させる』って言ったんですよ」
「……ん?」
「お願いしますね、王子」
「オレかよっ!」

笑顔で王子に全てを丸投げしたイズミに、アスカは思わず声を荒らげていた。

「いやいやいや、おかしいだろ!」
「そもそも僕がこうなってしまったのは、王子のせいでもあるんですからね」
「そっ……それはっ、まあ……そのっ…………言い返せないと言うか……」

ゴニョゴニョと尻すぼみになるアスカをすかすように見つめたイズミは、さあ、とキリの両手をとった。

「そうとなれば、行きましょう。キリさん」
「…………おっ、オレも行くぞっ!」

途端にイズミの顔色がサッと青ざめる。

「あ、アスカ王子はダメですよっ……! 王子をそんな所に連れ回したー、なんて城側に知られたら、それこそ牢屋に逆戻りじゃないですかっ……!」
「お前が連れ回すんじゃない。オレが、『勝手に』ついて行くんだ」
「それでもっ……同じですってば……!」

アスカの強引な物言いに、イズミは動揺したように声を荒げた。
対してアスカは一向に構わないという姿勢で力強く言い放つ。

「何と言っても、オレはついて行くからなっ」

しかしてその心情は、
(何かわからないけど、とにかくキリが心配だし——)
という、王子にしては珍しく思いやりの心が満ち満ちた理由であった。


「……分かりました」

王子の頑固さ加減を知っているイズミはこれ以上何を言うでもなく、むしろなすすべが無く、渋々同意した。
しばしの沈黙を挟んでキリとアスカの顔を交互に見比べたイズミは、それから当然のようにこう言い放った。

「さて。では今日はキリさんの家で一晩明かして、明日の早朝にルルーヴ村を目指しましょうね」
「はあーい!」
「分かった!」

盛大に声を上げて、我先にとキリの自宅を目指して丘を駆け下りて行くキリとアスカ。
その背中をゆっくりと見やり、イズミはその後を追いかけることなく、しばらくその場に立ち尽くしていた。

刹那せつな、肩にかけていた鞄から静かに通信機を取り出した。
慣れた手つきで7桁の番号を押し、耳に押し当てる。

「もしもし、"私"です」

ワンコールのちに出た電話の相手は現状を早く知りたいのか、いつも以上に早口で言葉をまくし立てた。
電話越しに聞こえるその声は、いつも以上にうわずっている。

「ご安心ください。あなた方の思惑通り、彼女と共にルルーヴ村へ行くことになりましたよ」

そのように現状報告したイズミは、それからしばし言葉を交わし、数分のちに電源を切った。

「全く……」

電子機器を片手に、イズミは1人、誰もいない墓地にたたずむ。
そして、すでに丘を降りたであろうキリたちの姿を見透かすように目の前を見つめる。

「……"ヤツら"も、悪趣味だな」

ぼやかれた言葉は、開かれた虚空に溶けて消えた。