複雑・ファジー小説

Re: 【続編】ウェルリア王国物語-摩天楼の謎-【毎日更新】 ( No.19 )
日時: 2014/09/01 09:59
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: vGUBlT6.)

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「……おかしいですねえ」
「どしたの? イズミさん」
「本当に、ここなんでしょうか」
「…………」

老婆に言われた通り、キリたちは宿屋を求めて村中を徘徊していた。
得体の知れない老婆の言葉を信じるのはどうかというアスカの意見は最もなのだが、村民の姿を全くもって見かけないこの状況下からして、3人の頼みの綱は、先ほどの老婆の言葉一択であった。
この頼みの綱が切れると、キリたちの寝床が得体の知れない町の裏路地に確定するのは必至であった。
そうならないことを願って、キリたちは兎に角不気味な老婆の言葉を信じるしかなかった。
朝靄あさもやの中を彷徨さまようこと数十分、キリたちは老婆に言われた通り、摩天楼を東へ横切り、細い路地を抜けて目的地に辿たどり着いたはずなのだが、老婆に指定された場所は、何故か更地であった。宿屋どころか、何の建物も存在していなかった。
しかも、もう半世紀は手入れがされていないと言われても納得出来るほどに、雑草があっちへこっちへ伸び放題である。
その状況を目の前にして、イズミが途方に暮れたようにつぶやいた。

「…………うーん。これから、どうしましょうか」
「どうするもこうするも、野宿になるのかな、やっぱり。野宿かあ……お腹空いたよおう」

ひとまず空腹を訴えたキリを横目に、アスカが憤慨した様子でイズミに食ってかかる。

「ほらな。やっぱり、あんな婆さんの言うことなんか信じるべきじゃなかったんだって」
「それは……そうなんですけど……」
「そうは言うけどさあ、早く施設で休みたいって言ったのは、アスカなんだよ。あのお婆さんに教えてもらった場所が、嘘じゃなくて本当かもしれないって同意したの、アスカでしょ」
「そ、それはそうだけどさ……でもあの婆さん……!」
「ねえ、アスカ」

キリの声は、打って変わって酷く抑えて発せられた。
躊躇ためらうようにアスカの顔を数度見て、そうしてキリは覚悟を決めたのか、瞬間、ぐっと唇をキツく結ぶ。

「……アスカ、前よりも何か、《怖く》なったよね」
「はあ?」

思わず漏れ出す、疑問符。
アスカの口から浅く息が吐き出された。

「な、なんだよ突然……」
「うん、ゴメン。失礼なのは分かってる」
「分かってんだったらいちいち人を傷つけるようなこと、口に出すなよっ……!」

そう言ってから、思わず口を押さえる。
アスカは両手を口に当てたまま、キリの様子を伺う。
キリは黙っていた。否、唇を噛み締めて、耐えているようであった。
キリの思惑は未だわからない。が、キリはそれでもアスカに対して言葉を続けた。


「アスカがそうなっちゃったのってさ、もしかして『この間』のせいで……」
「違うっ!」

反射的に、アスカは身をひるがえしていた。
その表情は、愕然がくぜんとしたものだった。

「《父上》は関係無いっーーーー!」
「アス……カ……?」
「これは……オレの問題で……」
「あれぇ? こんなとこでなにやってんだい?」

突然、声をかけられた。
先ほどの老婆とは違い、澄んだ若い印象を受ける。
しかして、この村の住人は見ず知らずの人に突然声をかける癖でもあるのだろうか。
険悪な雰囲気になりつつあったキリたちは、はたと動きを止めて素早く振り向いていた。

黄緑色の髪の毛を後ろで一つに縛っている少女がそこに立っていた。
ギュッと一つ結びにしている髪の毛は、まるで竹ぼうきのように広がっている。
そして、その手には大きな紙袋が抱えられていた。

キリとアスカとイズミは互いに顔を見合わせると、無言で頷き合った。
そうして、キリがおずおずと少女に声をかける。

「あの……」
「あれえ、キミたち……もしかして、もしかすると、宿やど捜してる?」

思わず反射的にこくりと頷く3人衆。
少女は高らかに笑うと、持っていた紙袋を一度持ち直して、それから3人の顔を順繰りに見回した。

「よくここいら周辺で宿を探して迷ってる人を見るのよね。ふうん——いいよ、ついておいで」

いまいち今の状況を掴めていないキリであったが、少女に悪意を感じることはなかった。
他の2人も同意見らしく、小さく頷いている。

「ーー何してんだよ。早く着いてこないと置いていくよ?」

すでに数歩先を歩いていた少女が振り向きざまにそう言葉を発する。
そうして、少女は返答を待たずに大きな紙袋を抱えてスタスタと歩き始めた。
慌ててその後を追うキリとアスカ。



しかし——
何か腑に落ちないのだった。

イズミを含め、よそ者である3人は何かしらの違和感を感じていた。

『よくこの辺で宿を探している人が迷っている』

先ほどの少女の言葉を反芻しながら、イズミも少女の後を追うのであった。